「神様のリング」 林壮一

e0028123_19344810.jpg私が金子ジムに所属してサンドバックを叩いていた時代、1980年代のプロボクシングは国内外を問わず名選手が多くいて、迫力のある試合が多かった。

タイトルに手が届かなかった選手であっても名選手といえるボクサーが多くいた。 協栄ジムの亀田昭雄もその一人だった。 当時の協栄ジムは、具志堅が9戦目でWBA世界ジュニアフライ級王者をもぎ取ったように、素質と若さのあるボクサーにすばやくタイトル戦の機会を与え、その勢いでチャンピオンになってからさらに強くする、という速効性のあるマッチメーク手法で臨んでいた。

そんな時代にあっても亀田昭雄は少し異質なイメージのある協栄ジムの名ボクサーだった。 天才とも呼ばれていた。 練習嫌いでくわえたばこでシャドーボクシングをしているイメージがあった。 その亀田昭雄が、WBA世界ジュニアウェルター級第1位となり、あの世界最強ボクサー・アーロンプライヤーと米オハイオ州シンシナティで世界タイトルマッチを戦ったのが1982年。

当時のアーロンプライヤーは野獣のように荒っぽく、とてつもなく強かった。 そのラフなボクシングスタイルからウェルター級王者のレナードも彼の挑戦を避けた。 アントニオ・セルバンテスという鉄壁の王者からタイトルをうばい、後にニカラグアの英雄アレクシス・アルゲリヨと2度戦い、完璧な勝利をおさめている。 アーロンプライヤーは誰にも止められない、という印象のあるボクサーだった。

アーロンプライヤーと亀田昭雄のタイトルマッチはテレビで見ていた。
アウェイでも臆した様子のない亀田昭雄が1Rからその野獣に真正面から挑み、お手本のようなきれいなワンツーをくらわした。 完璧に決まった左ストレートでアーロンプライヤーがもんどりうってリングにころがった。 まった信じられないものを見た気持だった。 しかし、その一発は野獣を完全に眠りから起こしてしまった。 立ちあがったアーロンプライヤーの反撃はすざましいものがあり、しばらくはしのいでいたが、亀田昭雄は6RでTKOされた。 負けはしたが、最強王者にも通用する、まさにキラリと光る最高レベルのパンチを見せた価値のある試合だった。

その王者アーロンプライヤーについても、この本は深く掘り下げて書いている。
イノシシのようなラフファイターと言われるアーロンプライヤーだが、アマチュアで220戦を戦っており、基本が徹底的に身についていてのラフファイトだから、攻撃もディフェンスにも幅がある。 テクニックがパワーに隠れていて、素人にはタフで勢いだけの選手とも見える。 そんな損な一面はボクシングスタイルだけでなく、人生そのものであることがこの本には書かれている。

それもそのはず、著者の林壮一さんという方は、この本以外にも 『マイノリティーの拳』やアメリカの下層教育現場について著述しているノンフィクションライターだ。 社会のヒエラルキーの下層のエネルギーとボクサーの人生を結び付けて語るのは、心の奥にとげ刺すことだが、的を得ているとも言える。

さらに、アレクシス・アルゲリヨの死についても、林壮一さんはどう見ているのか、もっと掘り下げて話しを聞いてみたいと思った。
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by Hhisamoto | 2011-08-07 00:27 | ■えせ文化人(本、映画・・)
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