篠田節子「讃歌」

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今、篠田節子さんの本が面白い。

話しの流れやプロットが自然なので、一気読みしてしまうという書評が多いこともうなずける。
また、同じ女性作家でも、小池真理子さんのような情感的な作風とは対極的なモノを感じることができるので、私は好きだ。
物語は、慎ましやかな小さな教会のコンサートで、たまたま聴いたヴィオラの音色に涙したテレビ製作会社のディレクターが、これほどまでに人を感動させる力のある音楽というものが存在することを知り、この音色を紡ぎ出す演奏者の人間像に焦点を当てたドキュメンタリー番組を作る想いを懐くところから始まる。

ヴィオラの演奏者は、柳原園子という四十代半ばの華奢な女性だが、約30年前に天才少女バイオリニストとして世界的なコンクールに入賞し、アメリカのハースト音楽院で学んだ。 しかし、そこでのカルチャーギャップに苦しみ、精神薬がもとで事故を起こし帰国。 その後も、通常の生活もままならないほどの後遺症と共に暮らすという波乱に満ちた経験を背負う人物だった。 

しかし、楽壇の重鎮・佐藤清一郎との出会いが園子の運命を神がかり的に変える。
精神的なリハビリのために参加していた教会での園子のバイオリン演奏を、偶然にも佐藤清一郎が聴いて声をかける。 「二十年を超えるブランクがありましたから、本当はまだとても人様の前で弾けるようなものではないのですが」と園子が言いかけると、「涙とともにパンを食べることによって、音楽は豊かさと深みを増すことがある」と佐藤は言い、さらに「君に合うのは、バイオリンではなくヴィオラだ。 君がヴィオラを選ぶのではない。 ヴィオラが君を選ぶのだ。」という佐藤の言葉に、園子は驚きと感動を覚え、以後ためらうことなくバイオリンをヴィオラに持ち替えた。 そして、人の心を揺さぶる音色を奏でるに至る。

テレビ放映されたヒューマンドキュメンタリーにより、一躍柳原園子は注目をあびる存在となる。 古典的なクラッシック演奏者とは若干異なる立場で・・・


だいぶ以前に、フジ子・ヘミングのNHKドキュメンタリー放送後、クラッシックに疎い人々がコンサートに押しかける現象があったそうだ。 その際に、専門家が中心となり「クラッシック音楽とは、そんな浅い芸術ではない」という警鐘めいた話しが多くあったそうだ。

それでもやはり、私はフジ子・ヘミングの「トロイメライ」には安らぐ気持ちを覚える。
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by Hhisamoto | 2006-03-11 21:32 | ■えせ文化人(本、映画・・)
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