本宮ひろ志先生のこと

e0028123_21115485.jpg7月19日の深夜番組 「明石家さんま特番 白洲次郎に会いに行く 日本一かっこいい男の武士道精神」 という、やたらと長い題名の番組を見た。 その中で、白洲次郎と共に戦後日本の復興期を担った政治家・宮沢喜一元総理大臣に、さんまがインタビューするシーンがあった。

さんまは、いつも通りの軽いトークで、宮沢喜一から白洲次郎とのエピソードを引き出そうとするが、宮沢氏は「いろいろなことがあったよ」とそしらぬ顔で受け流して、話しがかみ合わない。 「何を聞きたいの?」と逆に問いかける宮沢氏に対して、さんまは具体的にいつ、どのような場面でのことを聞きたい、とまで踏み込んでいけない。 つまり、インタビュアーとしての準備や勉強が足りなかったのである。 今までなら、さんまに会うたいていの相手から歩み寄って「例えば、あの人とはこんなことがあってね~」と、手を差し伸べてくれるところだが、宮沢氏はそうはいかなかったのだ。

これは、あながち宮沢喜一元総理の意地悪ではないと私は思った。
世の中には本物のインタビューが必要な程、引出しの数が多い人物というのがいるのだ。 私は以前、マルチメディアの仕事をしていた頃、漫画家の大御所である本宮ひろ志さんにインタビューを行ったことがある。

その時、私はインタビューのための準備をまるっきりしていなかった。 すでに面識のあった本宮先生の性格からして、ちょっと話しを振り向ければどんどん勝手にしゃべってくれるだろう、という程度にしか考えていなかった。 ところが、本宮先生はインタビューを正面から構えてくれていたから、話しは遅々として進まない。 私の浅はかさを読み取った先生は、「面白い話しを引き出せるかどうかは、インタビュアーの腕しだいなんだぞ。」とピシャリと戒められ、それから延々とこちらが聞きたがりそうな話しを一方的にしてくれた。 作家、芸能、政治、女の話しから最後は宇宙の話しに至るまで、すべて興味深く引き付けられる内容で、はっと気がつけば4時間は経っていたが、まさに時間のたつのを忘れていた。

私は本宮先生の人物にあらためて驚嘆・敬服するとともに、準備すら怠っていた自分のアホさかげんに自らあきれ果て、穴があったので、米粒大の虫になって入っていた記憶がある。

数多くの貴重な出会いと、数多くの失敗を経験した。
それでもまだ繰り返しそうな気がしている自分のアホさがいやだ。
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by Hhisamoto | 2006-07-20 08:36 | ■えせ文化人(本、映画・・)
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