東武ワールドスクウェア

夏の家族旅行で、日光・鬼怒川の東武ワールドスクウェアに行くことになったが、下知識を持たずに初めて訪れたこのテーマパークの質の高さに驚かされた。 

e0028123_1524535.jpg45の世界遺産を含む102点に渡る地球上の代表的な建造物が紹介されているが、世界中に点在する建造物を、すべて25分の1という大きさに縮尺して一堂に会して展示していることにより、大きさの相違と比較が立体感をもって知ることができる。 エジプトクフ王のピラミッドやラストエンペラーの故宮が大きいことは知識にあるが、現代の東京ドームと比較してどの程度の差異があるのか、理屈抜きでイメージすることができることが面白い。

<ギリシャのパルテノン神殿>

e0028123_1512228.jpgさらに、模型が子供だましではない精緻さがあると共に、建造物のみならず14万人分の人物模型をエキストラとして配置して参加させている点などは、静物にして動的なモノを見せられた感覚が残る。 ギリシャのパルテノン神殿などは、本物通りの大理石で再現することがギリシャ政府の条件だったという。 盆栽のような実物の木々の青さや、雨風の残る屋外展示も味がある。

<バチカンのサン・ピエトロ大聖堂>


e0028123_1531779.jpg特に私の印象に残ったのが、このイタリアのコロッセオだ。

古代1世紀に栄えたローマ帝国では、この競技場で人間同士はもとより、人間と猛獣の戦いなどが繰り広げられていたという。 4階席まであり45,000人が収容できたというすり鉢状の競技場は、見世物として生きている限り戦うことを強いられた者と、それを優雅に観賞する立場の者がいたことを想像させる。 それは人間の中にある残忍さにほかならず、コロッセオはその狂気の具現物に思えて恐ろしく映る。 また、カリグラ帝に限らず必要以上に大規模で公然と行われていたという公営売春の話しなどを思うと、古代ローマ帝国とは、人間の欲望を権力者がそのままに体現した都市だったように思えてならない。

もし、私がローマ帝国の時代に生まれていたらどんな生き方をしていたんだろうか。
帝国の権力にへつらう従者だったかもしれない。 または、飄々と生きる商人だったかもしれないし、生活に追われる売春宿の卑屈な親父だったかもしれない。 あるいは、そんな生き方を否定し、格闘家としての道を選んで戦いの中で死んだだろうか? そんな時代背景を考察させるリアリティがあるテーマパークだった。
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by Hhisamoto | 2006-08-22 21:27 | ■えせ文化人(本、映画・・)
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