『憲法九条を世界遺産に』 太田光・中沢新一 著

e0028123_20432346.jpg「赤信号、みんなで渡ればこわくない」と言ったのはビートたけしだったが、「憲法九条を世界遺産に」と言ったのは爆笑問題の太田光だ。

■笑えて、かつ、考えさせられるメッセージ性を持ち、しかもその含蓄をごく短い言葉で表現している。 表現力というのは、こういうことを言うのだろうと納得してしまう。

その太田光自身も、「表現したい内容をテレビで、ああでもない、こうでもない、とワァワァ言葉で言っても、SMAPがメロディに乗せて歌う発信力にはかなわない」と言っているところが興味深い。 やっぱり ”メッセージとは伝わってなんぼ” なのだ!


■多摩美大教授の中沢新一氏との対談形式をまとめた本だが、意味深い論理も展開されている。 例えば、太田光の番組の中で、日本が軍隊を持つべきかどうかで、議論になったとき、あるゲストが「目の前で彼女が強姦されても、黙って見ていられるのか」との比喩を使った問いに対して、明確に答えている。

憲法は、あくまで国のConstitutionであり、個人的な問題には違った論理が動いていい、と二人は言い切る。 国家が動くレベルと市民社会が動くレベルと、個人が動くレベルは、違っていなければいけない。 それぞれのレベルで規律や倫理が機能して働いている。 そういうものが寄り集まって、大きな一つの集合体になったのが国家だと言う。

そうだとすると、人間は常に相当なエネルギーを使って自己主張と行動を繰り返して、バランスを維持していかなければならない、と私は解釈した。 


■中沢教授は、『憲法九条を世界遺産に』というメッセージを支持する理由を語っている。 
芸術と政治が合体したときに生まれた最大の失敗が、ナチズムだと言う。 ところが、日本国憲法は、ナチズムとは逆行してきた。 現実には存在し得ないことを語ろうとしている点が、芸術に近いものであり、それを日本は政治の原理にしようとしてきた、と言う。

ヨーロッパで失敗した政治と芸術の合体を、同じ敗戦国である日本が、その価値を成立させようとしてきた。 たしかに今の日本では、その芸術的な部分は疲弊してきたが、この奇跡的なシステムを、リサイクルして再活用するために、『憲法九条を世界遺産に』は最適なスローガンだと述べられている。

世界遺産にするということは、将来、憲法九条に手が加わることが避けられない趨勢なのだろうか? だとしたら、私も憲法九条のココロを何らかの形で残してほしいと思う。
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by Hhisamoto | 2006-11-05 18:15 | ■えせ文化人(本、映画・・)
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