東野圭吾 『手紙』

e0028123_2141586.jpg出張先の神戸から東京へ帰る新幹線の中、窓際にニッカウイスキーの小瓶とヴィッテルの500mlペットボトルを置いて、いっきに読みきってしまった。

貧しさと、はずみから強盗殺人を犯した兄の贖罪を、共に背負うことになった弟・直貴。 事件当時、高校3年生だった直貴が、進学、就職、人間関係、職場、結婚と、ことごとく付きまとう影の重さに苦闘しながら生きていく様子が前半に描かれている。 

だが、この小説では、苦悶の描写だけにとどまらず、深いメッセージを投げかける人物が登場してくる。 私が感じた感動的な展開は、直貴が再就職してからの第四章にある。 大手家電量販店で働く直貴に社長の平野が言葉をかける。

「人には繋がりがある。 愛だったり、友情だったり。 それを無断で断ち切ることなど誰もしてはならない。 だから殺人は絶対にしてはならないのだ。 そういう意味では自殺もまた悪なんだ。自殺とは自分を殺すことなんだ。 たとえ自分がそれでいいと思っても、周りの者もそれを望んでいるとは限らない。 君のお兄さんはいわば自殺をしたようなものだよ。 社会的な死を選んだわけだ。 しかしそれによって残された君がどんなに苦しむかを考えなかった。 衝動的では済まされない。 君が今受けている苦難もひっくるめて、君のお兄さんが犯した罪の刑なんだ」

大抵の人間は、犯罪からは遠いところに身を置いておきたいものだ。 自己防衛として、差別は当然なんだよ、と厳しい現実を真摯に説明する平野社長。 

題名の「手紙」とは、刑務所にいる兄・剛志から届く手紙のことだけを指しているわけではない。 人と人の心を繋ぐ糸として存在させている。 例えば、この平野社長は、自分のもとに届いた直貴をかばう友からの手紙に胸を打たれたと告げる。 その手紙には、直樹が今までどれほど苦労してきたか、今もまたどんなに悩んでいるか、そうして人間的にいかに素晴らしいものを持っているかが切々と語られ、そのうえで、どうか君を助けてやってほしいと頼みが綴られていた。 社長は、この手紙の主と君は心が繋がっている、という。 これからも、さらに2本3本と根気よく他の人間との繋がりの糸を増やしていくしかない、と説く。

直貴は結婚し、子どもを育てる身になり、更なる厳しい現実に直面する。 そして、生きるためのはっきりとした取捨選択をしていく。 この辺のくだりは迫力を感じる。 東野圭吾作品は、昔の赤川次郎のような学生向きの軽い読み物が多い、と聞いていたが、この「手紙」を読むかぎり、少し様子が違うと思えた。 仲間とバンド活動をしたり、恋人に関する話しの展開など、小説として色のついた表現もあるが、そうでもしなければ重すぎるテーマかもしれないと思えた。 映画にもなっているが、どのくらい表現できているか観てみたい気もする。 主演の山田孝之は若いけれど味のある俳優なので、賢い直貴役のイメージを演じきれると思う。
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by Hhisamoto | 2006-11-17 21:15 | ■えせ文化人(本、映画・・)
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