開高健 『新しい天体』

1960年代、新聞記者として自ら戦時下のベトナムへ赴いただけでなく、最前線に従軍することを希望。 その最前線では反政府ゲリラの猛攻に遭遇し、200名の部隊は完全に壊滅した。 生き残ったのは17名だけだったが、開高健は奇跡的にその中にいたという。

その話しを知って以来、私の中で開高健は、芥川賞作家というより、『オーパ、オーパ!』のような野性的なノンフィクション作家としてのイメージが圧倒的に強い。 


e0028123_17544432.jpgその開高健が、食について書いたもののひとつがこの『新しい天体』。

簡単に言うと、日本中の美味いものを北から南まで、食べて食べて食べまくり、その紀行を小説にしただけ。 また、主人公は「相対的景気調査官」というふざけた任務をおおせつかり、大蔵省の余った予算を何とか消費するために日夜食いまくる、という設定。 しかも、この連載が週刊誌で始まった際には、巻末の解説にあるように、開高健は主人公同様に「週間言論」の取材費を確保して、日夜食いまくっていたという。 なんとも奔放なことが許された人だったんだなあ、と妙な感心をしてしまう。

しかし、目を引くフレーズがいくつも登場する。 例えば、本当に美味しいもの、真の名作は宣伝ぬきでひろがっていくものであり、いわば沈黙の世界の雄弁であると称し、岡山・初平の白桃を語っている。 「桃ハ何モ言ワナイケレド、ミンナガ食ベタイノデ、枝ノ下ニ自然ト道ガデキテシマウ」と、漢詩をもじっている。 最近は流行をとらえた雑誌が多くなり、ちょっとしたマイナーな店や小さな店でも特徴があれば取り上げられるので、情報が氾濫し、目立つ「隠れ家」があったりと、逆に本当に美味しいお店が見つけにくい。 けれども、内容のある店が、宣伝や立地条件に恵まれなくても客を引きつけてお得意さんが増える成り立ちが本来だと思う。 

それから、小噺(ハナシ)のことが面白い。
モンマルトルのカフェで夜ふけに酒を飲んでいたら、革ジャンを着た筋骨隆々の男が入ってきた。 そいつがテーブルにあったレモンを一個つかんで、満身の力で握りしめた。 レモンはザァーとジュースを絞られてたちまちカラカラになった。 若者に何の仕事をしているのかを聞くと、じつは中央市場の労働者で、ときどきジムにいってきたえているんだという。 そこへ、それを見ていたのかどうか、しょぼくれて髪の薄いおっさんがやってきた。 「ちょっと失礼」といって、いま絞ったばかりのレモンをとりあげ、そのおっさんがかるく指先でひねると、またザァーとジュースがこぼれ、こんどこそ一滴も残らずカラカラになった。 若者とおれがびっくりして異口同音に「おっさん、何の仕事してる人」とたずねた。 するとおっさんは、はにかんだように「いえナニ、私ちょっと税務署で働いてますんで」と答えた。

開高健は、外国を旅行するときには、ドルのほかに、この種のちょっとしたハナシを、国際政治に関するもの、恐妻病に関するものを合わせて三つ、多少酔っていてもなんとか間違わずにしゃべれるように英語とフランス語に訳して覚えこんであるという。 おかげで漫遊のときには、あちこちのテーブルで歓迎され、酒を一杯よけいに飲むことができたそうだ。

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今までは与えられてきたが、私が人に何を与えられるのかを考える年にしたい。
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by Hhisamoto | 2007-01-01 17:13 | ■B級グルメ
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