見城徹 『編集者という病い』

e0028123_22521713.jpgこの見城さんという方は、人の心を震わせるモノをもっている人たちのことを「表現者」と呼ぶ。

人の魂に接近し、しがみついて離れない。 どこまでもつき合う。 地獄の果てまででもつき合うぞ、と覚悟を決めてしまう。 「もうおまえしか目に入らない」とほれ込んで、寝食を共にするようなつき合い方をする。 やがてその表現者たちも、この人にすべてをまかせて、自分は創作活動に専念しよう、という気になる。

ただ、尾崎豊とだけは地獄が深かった。 炎の力もハンパではなく、いっしょに燃えて灰になりそうだったらしい。 七転八倒のもがきの中で光を放つ尾崎豊。 「自分も狂わない限り、尾崎とはつき合えない。」 ギリギリのつき合い方しかできない関係の中で、尾崎が死ぬ。 「悲しいけれど、ホッとした」という言葉も凄まじい。 

さらに苛烈なのは、ヘミングウェイを引合いに「結局、自分は自殺すると思う」と、この本の中で語っていることだ。 「人は死に向かって生きている。 人生で死を忘れさせてくれるのは、恋愛、仕事 ・・・」と、死を徹底して意識している。 死を恐れている。 そして、その反動をエネルギーに変えて、振れ幅の大きい生き方をしている。

編集者であることから、自らは出版意思のなかった見城徹の本。
刺激的以外のなにものでもない。 スゴイ生きざま!
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by Hhisamoto | 2007-06-08 22:51 | ■えせ文化人(本、映画・・)
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