『絶対音感』 最相葉月 著

e0028123_21115466.jpg世の中のすべての音が音階をもって耳に飛び込んでくる。 音楽人にとってはプラス要素であるが、街の喧騒や雑音に至るまで研ぎ澄まされて聞き取る耳は、必ずしも快適ではないらしい。 そんな『絶対音感』にまつわる話しと、音楽家たちの逸話が峻烈で印象的だった。

たとえばバイオリニストの千住真理子の話しがある。

千住真理子は、最年少の十五歳で日本音楽コンクールに優勝したとき「天才バイオリニスト誕生」と絶賛された経験がある。 ただそれは、テクニック先行型の天才バイオリン弾きが生まれたという担保つきの賛辞であり、決して喜ばしいものではなかった。 しかも、師の江藤俊哉はいった。 「あなたはもう完璧だ。 弾けないものは何もないはずだ。 でもこれからがたいへんだね。 これからあなたに求められるものは、音楽という名の芸術だ。 いつの日か、あなたの演奏で僕を感動させてください」

千住はただ呆然とし、返す言葉を見つけることができなかった。
「技術を磨くことは簡単なのです、一生懸命努力すればいいのですから。 でも、私はそのとき、テクニックが100%あるということで、自分にないものを完璧にさらけだしてしまったのです。 何の表現をしたい自分もいなかったのです。 友だちが何人かいて、好きな先生や嫌いな先生もいて、好きな科目もある。 そんな、ごく普通の十五歳の私しかいなかったのです。 喜怒哀楽も非常に稚拙なものでしかない。 幼稚な感情しか表現できない。 テクニックは完璧だけど内容は希薄、幼すぎる。 悩みました、本当に」

二歳半からバイオリンを習い、十五歳で技術を完璧にした。 絶対音感も、優れた相対音感も手にすることができた。 しかし、どんなに高度なテクニックで難曲を弾きこなすことができても、人を感動させることができない。 欠落していたものにぶちあたった千住は、自分がバイオリニストであることに何の意味があるのかとまで悩んだ。 なぜ自分が演奏することでお金をもらえるのか。 なぜみんな喜ぶのか。 本当にみんな喜んでいるのだろうかと疑いさえした。

その後、彼女はバイオリンを手にできない時期を幾度か繰り返しながら大人になっていく。 そして、阪神大震災直後には、神戸の街をバイオリンを手に歩き回る経験をしている。 子どもも大人も千住の奏でる音楽に涙を流して喜んでくれた。 その喜びは千住自身の感動となった。 

このくだりは、「涙は脳から出るものではない」という章にある。
絶対音感。 最高の音楽テクニック。 結局、人の心を揺さぶるものとは ・・・
ノンフィクションライターの最相さんが書きたかったのは、この部分なんだろうなぁと思った。
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by Hhisamoto | 2007-09-26 21:06 | ■えせ文化人(本、映画・・)
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