「生き方の原則 - 魂は売らない」 H.D.ソロー

水泳のジャパン・オープンで、スピード社製レーザーレーサーの水着を着た選手が日本新記録を5つも出した。 こうなると日本に限らず、選手たちは北京オリンピックで、何を着て試合に臨むかが当然問題となる。

解決策はひとつ。 オリンピック出場選手は全員「裸」で泳げばよいのだ。 オリンピック委員会が裸で泳ぐことを規定してしまえばいいのだ。 「水着が泳ぐのではない、選手が泳ぐのだ」と言うのなら、全員裸になればこれ以上の公平はないのではなかろうか。

環境問題の原因である現代の行き過ぎた生産競争が取り沙汰されている昨今、原点回帰を図るべく古代ギリシャオリンピックのように裸で競技すればよいのだ。 こんなことを言うと「それじゃあ、テレビ放映できない」とかいう意見が当たり前のように出る。 なぜかテレビを中心に(=経済中心に)物事が考えられるのだ。 ・・・ものごと、何を基準に考えるかだけだ。  

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e0028123_815429.jpg自分の気に入った仕事に心ゆくまで専心している人が非常に少なく、ほんの少しのお金や名声に目がくらんで、本来の仕事を捨ててしまう人が多いことを嘆いていたソロー。

ヘンリー・デイヴィッド・ソローは19世紀前半期の人なので、すでに1.5世紀を経過しているが、経済中心に心を奪われる社会形態は存在していたようだ。 ひとが群れ、社会が形成される時、必ずといってよいほど経済が社会構造を侵食し、人々の心のあり方をも支配してしまう歴史が常にあるらしい。 

ソローが生計を立てるために行っていた仕事は、学校教師、家庭教師、測量士、庭師、農民、ペンキ屋、大工、石工、日雇い労働者、鉛筆製造業、作家、詩人、など多岐にわたったらしいが、一貫した人間の自由を実践する生き方とその思想が、インドのマハトマ・ガンディーや、アメリカのキング牧師、ケネディーらに影響を与えるほどの力を持っていたことに今さらながら驚きを覚える。 不動の真理が存在するようで心がときめく!
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by Hhisamoto | 2008-06-08 08:17 | ■えせ文化人(本、映画・・)
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