六花亭の「マルセイバターサンド」

e0028123_12305436.jpg最近の我が家のブームは、六花亭の「マルセイバターサンド」。

デパートなどで、北海道フェアとか、北海道物産展が行われると必ず出品されるので、すかさず買いに行く! あのサクサク感とレーズンバターのバランスが絶妙。 小川軒のレーズンウィッチなど、レーズンサンドは東京にも数あれど、今はこの「マルセイバターサンド」にはまっている。 今日もバターサンドを食べながら新聞を読んでいると、陸上の朝原宣治とシンクロの奥野史子夫妻の記事が目にとまった。 僕のなかでこの二人はちょっといい話しとして心に残っている。

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北京オリンピックリレーの銅メダリスト・朝原宣治さんが、妻とするシンクロの奥野史子さんと出会ったのは同志社大学のころだという。 当時の奥野はすでに国際大会で活躍するホープとして注目をあびていた。 ワールドカップ、世界選手権、そしてバルセロナ五輪では銅メダルを獲得する。 一方の朝原は、五輪選考会で落選。 彼女の活躍をテレビで観戦する。 翌年の世界選手権も落選した朝原には、当時の彼女がまぶしく見えてしかたがなかったという。 そばにいても別の世界へ行ってしまった彼女と、「陸上は大学で終わりにしよう」と思っている情けない自分がいた。

しかし、そんな朝原の心にカチッと火がともった。
このまま陸上をやめてしまうのは、あまりにもみじめと感じた彼が選んだ道は、当時は困難とされていた海外を拠点にしての武者修行の道。 ドイツを練習拠点にして欧州の競技会に毎週末参戦する日々をすごす。 つらかったが、強くなりたいという想いが勝った。 失敗は絶対に許されない。 なんとしても成功するんだ。 と自分に言い聞かせながらドイツで5年間をすごした。 さらに30歳を前に、2年間を米国に渡り、世界トップクラスのスプリンターと一緒に練習を重ね、自分を追い込んだという。

北京オリンピックのリレーで銅メダルを勝ち取った瞬間の朝原。 すでに二児の母となった妻・史子さんは、そのスタンドで感極まって嬉し涙を流し続けていた。
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by Hhisamoto | 2009-02-07 11:18 | ■B級グルメ
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