ベルンハルト・シュリンクの「朗読者」

ドイツ文学というものに私はあまりなじみがなかったが、1995年に出版されたこの「朗読者」はドイツで大ヒットした後、世界の20ヶ国語以上に訳され、特にアメリカでは200万部を超えるミリオンセラーになったという。 

e0028123_23354130.jpg物語は大きく前半と後半に分かれる。 
前半では、主人公ミヒャエルが15歳で、倍以上年上の女性ハンナに恋をして、身も心もハンナに浸りきる様子が描かれている。 また、題名の通り、ミヒャエルがハンナに、ベットで本の朗読をすることが習慣のようになる。 その頃のミヒャエルはハンナが文盲であることに気づいていない。 ハンナも文盲であることを隠すことが生きる上での基本になっている。 そんな知識に飢えたハンナがミヒャエルに本の朗読を求め、ミヒャエルもそれに応える。 
そして、突然姿を消してしまうハンナ。

後半は、そのハンナが被告人という形で成長したミヒャエルの前に現れる。 法学生の立場で裁判を傍聴する形でハンナを見つめるミヒャエル。 ハンナの係わった罪は、ドイツのかかえる大きなテーマであるナチス時代のアウシュビィッツであり、その収容所の看守として従事していたことだ。 ハンナは有罪となり刑務所で過ごすが、やがてミヒャエルはそのハンナに自分が朗読したテープを送り続けるようになる。 ハンナはそのテープを再生機が壊れるまで聴き続ける。 そして、あれほど頑なに閉じていた文盲であることの殻を自ら破りすてることになる。 

ユダヤ系イギリス人の評論家で、日本にも何度か訪れたことのあるジョージ・スタイナーという人は、この本を二度読むべし、と言っているそうだ。 きっと「一読では読み取れない含蓄の深さが、二度目には分かるはずだよ」といってくれているのだろうが、後半は結構重たいものを感じるので、再読の気は今のところ起こらない。 むしろ、年上との恋愛に迷いなく溺れ込む若いミヒャエルに感情移入して読むことは不謹慎だろうか。 新しい出会いから心が大きく揺れ動く様子。 扉の向こうはどんな世界なのか? 高鳴る胸の鼓動に負けまいと勇気を振り絞って開ける扉。 私はそんな、階段を意志をもって登っていくような姿が描かれている前半の方が、文学的で好きだ。

ところで、ハンナが文盲であったことは、ミステリーでいえばトリックのようなポイントであるから、物語をこれから読む人がいたとしたら、タネを明かしてしまうようでたいへん申し訳ないが、このブログは私にとって、自分の考えや経験を文字にして再確認する楽しい作業であることが最優先なので、ご容赦ください。 
..後読者にあまり配慮した書評ではないのです。 スミマセン。
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by Hhisamoto | 2005-09-17 23:41 | ■えせ文化人(本、映画・・)
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