カテゴリ:■えせ文化人(本、映画・・)( 106 )

『食の職』 小さなお店ベルクの発想 迫川尚子

e0028123_2058383.jpg新宿「ベルク」の店長、井野朋也に続いて副店長の迫川尚子が描く「ベルク」の世界観がこの本。 また、本の中で語られている創意工夫と仲間意識で作り上げた継続と努力の店が、新宿駅東口へ行けば見ることができ、実感できることが最高に面白い。

私は店に何度か訪れているが、本に描かれているように、店員はホットドックはマスタードもつけずにそのまま食べてくれと、素材を味わえと言わんばかりにプレーンな食べ方を勧めてくる。 また、先日オーダーした「大麦と牛肉の野菜スープ」は変わった味で、あのスパイスは必ずしもみんなに好まれる風味ではないと思えたが、飲み終えた後の感触が実にいい。 自然本来の味と本物の材料を味わう人、個性的な味を求める人を惹きつけるものを持っている気がした。

また、この本では、身近にいる天才!と称して、コーヒー職人、ソーセージ職人、パン職人 との個性豊かな人物との対談も載せている。 各人がそれぞれの道で自分の舌と味に妥協を許してこなかった姿が垣間見れる。

そして「お店は表現だ!」という章では、著者の「味」に対する思い入れの強さが表れている。 いま、食に大きな興味を抱いている私には大きな愉しみと勇気を与えてくれる本だった。
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by Hhisamoto | 2010-10-06 20:54 | ■えせ文化人(本、映画・・)

『新宿駅 最後の小さなお店 ベルク』 井野朋也

e0028123_19432566.jpg新宿駅東口の地下にある、15坪のベルクという個人経営のファーストフード店をコンサルする押野見喜八郎さんいわく、店舗数3,746店のマクドナルド、4,141店のすかいらーくグループなどは、外食産業において多大な功績を残すと共に、ロボットのようなマニュアル型接客と徹底した調理の効率化による簡便料理を蔓延させた。

一方で、このベルクはその対極をいくかのように、個人店として、血の通った、生身の人間同士の触れ合いのある接客サービスと、きちんと手作りされた心のこもった料理で勝負している、と評している。 

そして私が驚くのは、店の経営に関する指標を惜しみなくしっかりと書いてくれていることだ。 例えば、材料のコストは、ソフトドリンク、フード、アルコール、おつまみ、物販 の5種類に分けて売上構成比とコスト比率を挙げている。

1日の売上げは55万円を超え、平均来客数は1,500人、材料コスト42.5%、家賃は7.5%、水道光熱費4.5%、消耗品費3.2% など、数字がきれいに公開されている。 逆算すれば、坪単価が8万円を超えることも分かる。

また、店の経営者として、駅ビルオーナーから契約をめぐって立ち退きを迫られる問題を抱えていることにも堂々と触れている。 権力と資本だけでいいものが作れるわけではない、人の満足はもっと地道な努力から生まれるものだ、と主張して譲らない。

この本は、明らかに著者が後に続く個人経営をめざす人たちのことを考えた思いやりに満ちた、熱い一冊だと思う。 個がもっと尊重され、個性のある個人経営店の時代がやってくることを希望し、後進のために次の「4つ武器」を提言して締めくくっている。

1.未経験であること。
2.同志。
3.助言者。
4.多額の借金。
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by Hhisamoto | 2010-10-05 19:38 | ■えせ文化人(本、映画・・)

スティーグ・ラーソン 『ミレニアム3』

e0028123_18483444.jpg日本語への翻訳を担当されたヘレンハルメ美穂さんがすばらしい「訳者あとがき」を書いている。 

「 本書には、クルド人難民イドリス・ギティが登場する。 病院で清掃の仕事をしているという設定は、典型的な”移民労働者”のイメージだが、ラーソンはイドリス・ギティの来歴を詳しく語り、彼をひとりの個人として浮かび上がらせることによって、そんな紋切り型のイメージを打破してみせた。 人間はひとりひとりが異なる個人であり、それぞれに固有の歴史がある。 それを”移民””女”と十把一からげにまとめてしまうことこそ、差別のはじまりだと言えるだろう。 『ミレニアム』三部作の登場人物たちが、どんな脇役であっても詳細な設定を与えられ丁寧に描かれているのは、『ミレニアム』の世界のリアリティを築くためであるのはもちろんのこと、固定観念やステレオタイプに基づく差別と戦おうとしたジャーナリスト、ラーソンの気概の表れであるのかもしれない。 」

著者のスティーグ・ラーソンという人はすでに他界してしまったと聞く。 スウェーデンの国民的ベストセラーとなり、映画のヒットも含めた、その莫大な遺産をめぐって親族の争いが続いているとも聞く。 こんなすごい作品を書いてしまったら天命を使い果たして死んでしまうのだろうな、と思えるほど面白かった。
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by Hhisamoto | 2010-06-27 18:47 | ■えせ文化人(本、映画・・)

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女

e0028123_2039151.jpg過激でいて知的。 人間の心に巣食う魔性と、それに立ち向かう反骨精神。 陰湿な醜さと執念、必ずしも素直でない生き様と人の心・・。 理屈抜きで惹きつけられる作品だった。 これがミステリーの秀作というものなのかと(ミステリー作品に疎かった私は)衝撃を受けた。

登場人物がやたらと多く、そのスエーデン人の名前の長いこと。 ミカエル・ブルムクヴィスト、ハンス=エリック・ベンネルストレム、ニルス・エリック・ビュルマン、・・など、到底覚えきれないが、それでもそんなハードルは問題にならないほどに面白さが先行して、少しでも先を読みたくなる。

仕事仲間から本を借りて何気なく読み始めてハマりきった。 私の読んだ「ドラゴン・タトゥーの女」は、シリーズ3部作の一作目の上下巻だそうで、さらに2部作(4冊)があるそうだ。 (眠れなくなりそうだ!)

以前にダン・ブラウンの「ダ・ヴィンチ・コード」や「パズル・パレス」などの作品は読んだが、北欧スウェーデンを舞台にしたこの話しは、さらに上を行く面白さだと思う。
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by Hhisamoto | 2010-06-10 20:36 | ■えせ文化人(本、映画・・)

1Q84 BOOK3

e0028123_293328.jpg同タイトルの3巻目ともなると、読者の期待の高まりとその反発も大きいようで、村上春樹に対してといえども、そのできばえについて賛否両論があるようだ。(読者はきびしい!)

たしかに三人称表現が突如表われたりするところは戸惑う。 個々の登場人物ごとの章単位で話しを進める構成に無理が出てきたようにも感じてしまい、村上春樹は最初から3巻以降を想定していたのだろうか? それとも売れたから書き足したのだろうか? と考えてしまう。

徘徊する魂は精神性を超えたスピリチュアルな話しだし、タマルや牛河の生きざまなどはピカレスクロマンになっている。 さらに、聖母マリアのごとく、交わらずして受胎する・・。

しかし、現実的かどうかなんてもちろん問題じゃなく、感情移入できて面白いかどうかがまず小説として重要なのだろう。 3巻目もベストセラー街道まっしぐらで、いまさらだけどやっぱりこの話しには惹きつけられる。

圧倒的に面白かった!
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by Hhisamoto | 2010-04-27 23:03 | ■えせ文化人(本、映画・・)

映画 『幸せのレシピ』

桜に代わってハナミズキの街路樹がきれいに咲くこの季節がいい。 
ハナミズキに象徴される春と夏の間のこの季節が好きだし、突然ぶり返してきた寒さもおさまり、この週末は天気もよくなりホッとした。 また、ハナミズキは、日本がワシントンシティに桜を送ったお礼に受けた樹であることを妻から聞き、桜に劣らない返礼をするとは「ワシントンシティも、なかなかやるなぁ~」と勝手な思いをめぐらせた。

e0028123_22225570.jpg(少し古いけれど)そんな春にふさわしい、あたたかく優しい映画 『幸せのレシピ』 を観た。 英語名は(No Reservations)。 2007年のスコット・ヒックス監督のアメリカ映画。 2001年のドイツ映画『マーサの幸せレシピ』のリメイク作品だそうだ。

マンハッタンの高級レストランで女シェフ「ケイト」を演じるのはキャサリン・ゼタ・ジョーンズ。 年齢を重ねてますます魅力が膨らむような女性だ。 

たとえアメリカであっても高級レストランのマスターシェフに女性はめったにないだろうと思われるが、その厳しいレストランの厨房の世界は妥協なくきっちりと描いている。 目が回るほど忙しい厨房で、考えられないような緻密でデリケートな味を皿の上に表現していく仕事。 部下への指示・差配も的確で予断の入る隙間を許さない。 もし女性シェフが存在するとしたら、たしかにこのようなレベルの高さが必要なのだろうな、と思ってします。

レストランの厨房モノ(そんなジャンルはないだろうけど)は、個々の人間性が著しく表れるのでとても好きだ。
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by Hhisamoto | 2010-04-24 23:44 | ■えせ文化人(本、映画・・)

ジョージ・オーウェル 『一九八四年』

e0028123_043782.jpg2巻合計の発行部数が223万部という大ベストセラー「1Q84」の影響で、村上春樹が出典としたジョージ・オーウェルの 『一九八四年』が、わざわざ新訳本でハヤカワ文庫から出版された。 大手書店では、村上春樹のコーナーに並べて置かれているので読んでみたが、その容赦のない過激さに驚いた。

現代の村上春樹が描いた1984年は近過去だが、著者のジョージ・オーウェルは1903年~1950年の人だから、近未来を描いたことになる。 その近未来では、ビッグ・ブラザーが支配する全体主義体制の国家であり、国民のすべてが「テレスクリーン」という監視カメラ付きのモニターで見張られた社会で生活している。

人々は国家体制に隷従することを常として、子どもには学校教育で洗脳教育を施され、不穏な親の動きを見張り、反体制的な態度が少しでも見られる親を国家に通報することを美徳と教え込まれている。 国家が考え方を強制するだけにとどまらず、心から隷従させ、わずかな隙も見逃さない恐ろしい社会が築かれている。

主人公のウィンストンは恋人ジュリアと、地下組織の存在を信じ、また少数派であっても正常な人間は自分であることを信じて行動を起こすが、思考犯罪者として捕らわれの身となる。 拷問は精神的にそして肉体的にと過激を極める。 そして、死の選択をも許さずに社会に還元する徹底ぶりが描かれている。

近代の欧米映画に出てくる拷問シーンなども、このジョージ・オーウェルの描いた情景が影響を与えているのではないかと思えてしまう。 キアヌ・リーブスが演じた「マトリックス」という映画では、心象シーンこそが現世界にほかならない、という世界観があり、これはフランスの思想家ジャン・ボードリヤールの影響を受けて書かれた原作ということになっているそうだが、これにも近いものがある。

村上春樹の「1Q84」には、救われる思いがする部分が残されているが、このジョージ・オーウェルの 『一九八四年』には、救いが残されていない。
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by Hhisamoto | 2009-12-04 22:41 | ■えせ文化人(本、映画・・)

映画 「グラン・トリノ」 を観た

e0028123_23475288.jpg大阪出張での宿泊先に、御堂筋のアパホテルを選んだ。 ロードショウを観るために有楽町まで行きながら、混んでいて観れなかった「グラン・トリノ」。 それが思いがけずオンデマンドで観れたのが嬉しかった。

斜陽のデトロイトで隠居暮らしをしている老人コワルスキー(クリント・イーストウッド)。 フォードの自動車工であった彼が大切にしているのは、そのフォードのヴィンテージカー「グラン・トリノ」。 (グラントリノは車の名前だった!) 

朝鮮戦争での暗い経験が、彼の心を支配している様子がよく伝わってきた。 アメリカの産業の衰退と、彼自身の老齢による衰えが相まって哀愁がただよう。 その反面、隣人のモン族の姉弟との関係は人間らしく思えたし、教会の若い神父の存在もよかった。

ただ、最後の最後のシーンで、タオが譲られたグラントリノをにこやかに運転するシーンには納得がいかない。 コワルスキーがギャングと対決する前の時間帯は、夕方から夜なのに、まだ太陽の高く違和感があったのも興醒めするところだった。 クリント・イーストウッドは、監督としてディテールにもっとこだわってほしかった。
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by Hhisamoto | 2009-11-06 23:42 | ■えせ文化人(本、映画・・)

映画 『あの日、欲望の大地で』

e0028123_139852.jpg東急Bunkamuraのル・シネマで観た映画。 存在そのものがセクシーなこの女優が、主演のシャーリーズ・セロン。

セロンが演じるシルビアは、洒落た海辺のレストランでやり手の女マネージャーとして働いているが、私生活ではセックスに溺れ、自傷行為を続けている女性。 その自傷行為の理由が母親から始まる深い過去にある、という話し。


e0028123_12585474.jpg人間が罪の意識を持ってしまった場合、その溝を埋めるために自分を傷つける行為に走ることがよく理解できるストーリーだ。 

愛していた自分の母親を死に至らしめた10代の彼女が、ライターの火で自分の手首を焼くシーンがある。 自分にライターの火をかざしながら、「こんなものは熱くない」と醒めた表情を崩さない場面が印象的だった。 人間というのは「心」の部分のウエイトが大きい動物だとあらためて感じる。
・・・ そして、そんな彼女にも「救い」が訪れる。
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by Hhisamoto | 2009-11-01 12:57 | ■えせ文化人(本、映画・・)

村上春樹 『1Q84』

e0028123_12475213.jpg話題先行で色めくベストセラー本に食いつくことのない私の性格を知っているはずの弟から廻ってきた本。
読めば、いとも簡単に魅せられてしまった。

心や想いの強さが通じなければ、人間として生きている意味が半減してしまう、という感覚。 誰でも持っている感覚だから共鳴するのだろうか? 読んでいる間、自分の小学生のころの思いや同級生の顔が浮かんでくる不思議な時間を過ごすことになる。

ミヒャエルエンデのモモとも異なる啓示がある。 大人向けのファンタジー、という単純な言い方も当てはまらない深さと真摯さをもっていて、とにかく面白い。 村上春樹さんの著書はもっと抑揚の少ない物語だったような記憶だったが、それも私の認識違いか。 2冊あるが、上下巻ということではなく、BOOK1(4月-6月)、BOOK2(7月-9月)となっていることから、続編が期待できるし、内容としても完結していない。 素直に続きが読みたい・・
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by Hhisamoto | 2009-09-19 12:44 | ■えせ文化人(本、映画・・)