カテゴリ:■えせ文化人(本、映画・・)( 106 )

ミヒャエル・エンデの 『モモ』

e0028123_2339044.jpg私にとっては、現代の地球環境問題も、人間の精神についても分かりやすく表現してくれている驚きの一冊だった。

たまたま手にしたこの岩波少年文庫は、裏面に「小学5・6年以上」とあったが、児童文学とか寓話とかいう範疇に納まらない奥深か~い話しだと思う。 

人間性も、人の命というものも、この物語では『時間』という概念でとらえている。(実際にそうだと思う) この豊かな時間を人間生活から奪いにきた灰色の男たちがいる。 そして、文明社会の進展と共に人の心を奪っていく灰色の男たちと対峙するのが、年齢も素性も分からない浮浪児の少女「モモ」だ。

文明の進歩と便利な世の中が人間を豊かにする、と信じて歩む人間は多くの犠牲を払ってきた。 自然を破壊してでも得るべきものを追求してきたのが人間であるし、CO2を削減しなければ地球が危ういことに気づいたのも人間。 人間が生きるということには総量があり、所詮はトレードオフということなのだろう。 

この物語の最後に「作者のみじかいあとがき」という不思議な章がある。
作者のミヒャエル・エンデは汽車で旅をしている時、年齢もさっぱり分からない奇妙な乗客と同じ車室に乗り合せ、その男から長い汽車旅行の間にこの物語を聞いたという。 そして男は、「過去に起こった話しのように話しましたが、将来起こることとして話してもよかった。 どちらでもそう大きな違いはありません」と言ったそうだ。

この本にめぐり合ったからには、「忙しい」とか、「時間がないから」、などという言葉は今後使うわけにはいかない。
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by Hhisamoto | 2008-01-03 23:37 | ■えせ文化人(本、映画・・)

映画 『ナイロビの蜂』と 『アンフィニッシュ・ライフ』

e0028123_22254193.jpg 『ナイロビの蜂』
アフリカの映像が、雄大な大地からスラムに至るまで美しい。 こういう映画は劇場でゆったり鑑賞すべきだと思うが、残念ながらビデオでチマチマと観た。

この作品でアカデミー最優秀助演女優賞を受賞したという女優レイチェル・ワイズの美しさも際立つ。 妊婦姿でおなかを見せる美しい入浴シーンは、当時妊娠していたワイズ自身の本当の妊婦姿だという。 (こんなことに感心するのは変でしょうか?)

印象に残ったシーンは、部族が襲撃され、飛行機で脱出する場面だ。
目の前の一人を救おうと必死になる主人公の外交官ジャスティン。 ところがいっしょに乗り込んだ部族の少女が、葛藤する大人たちを見つめ、運命に逆らわずに自ら飛行機を降りてしまう。 アフリカの哀しみが伝わってくる思いがした。

原作は巨匠ジョン・ル・カレの最高傑作小説といわれているので、ぜひ読んでみたい。


e0028123_2230257.jpg 『アンフィニッシュ・ライフ』
ハリウッドの特殊撮影やCGに飽きあきしている私はこの手の映画が大好きだ。 監督のハルストレムという方は、なんとも心温まるこんな映画作りが得意らしい。 老ロバート・レッドフォードやモーガン・フリーマンのダンディズムもまだまだいけてるし、11歳の少女も愛くるしい。 

舞台であるワイオミングの田舎は、人を襲う大クマさえも飲み込んで愛らしい存在にしてしまう自然の霊気を十分に感じさせてくれる。 

それにしてもジェニファー・ロペスは素敵だ!
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by Hhisamoto | 2007-12-18 21:45 | ■えせ文化人(本、映画・・)

アラン・グリーンスパン 『波乱の時代』

e0028123_21264281.jpg私の嫁さんが、子どもの小学校でおきた「給食費の不払い問題」にえらく憤っていた。 費用負担に困窮する家庭に配慮した措置を逆手にとって、給食費を払わずにすませてしまおうとする保護者がいるのだ。 罰則がないルールなら平然と破る。 私はその人物についての話しを間接的に聞くだけだから腹が立つだけで収まるが、嫁さんはその人物の顔を知っている。 平然と自分の衣服に金をかけ、外食をして旅行を楽しんでいる姿を知っているから、その厚顔さに私の何倍も憤懣がつのるらしい。

そんなこんなも、根源のひとつは経済問題なのだ。
そして、経済には理論と思想があり、哲学もある。 この本はそれを教えてくれるだけの明快な内容があって面白い。 アラン・グリーンスパンは、いわずと知れたアメリカの連邦準備制度理事会(FRB)議長を昨年までの18年に渡って務めた経済と金融のかじ取り役だ。 私が在米中の1987年にFRB議長に就任してから、大統領は何人も変わったが、この人は不動だった。

まだ、上巻しか読んでいないが、久々に知的な刺激を与えてくれる本にめぐりあった気がする。 たとえば、グリーンスパンが影響を受けたというアイン・ランドという人物のことが描かれている。 鋭い分析力、強い意思、合理性こそが最高の価値だと一貫して通す姿勢をもっている点は、グリーンスパンと価値観が一致しているとみるが、アイン・ランド氏はさらに深い思想をグリーンスパンに吹き込むことになる。

その一つはアリストテレスの哲学からくる倫理学、つまり、各人には生まれつき高貴な性格が備わっており、この潜在的な高貴さを活かすのが人間にとってもっとも重要な義務だとする考え方。 人はみな自由な意思をもっている。 資金の拠出を拒否した場合はどうするべきか。 民主主義社会に法の支配を適用するとき、公共の問題のほぼすべてにおいて、何らかの意見の不一致があることが前提になっている。 しかし、その妥協は、文明の発達の代償であって、原則の放棄ではないという。
・・「給食費の不払い問題」は想定の範囲だったのだ。

圧倒的な英知が全編にみなぎる。 論理的で核心をつく話しが無数にある。 本を読んだだけでは青臭いと言われるかもしれないが、私はアメリカ合衆国が(日本より)意思をもった理論によって構築されてきた国だと思えてしまう。
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by Hhisamoto | 2007-12-07 21:26 | ■えせ文化人(本、映画・・)

ANAインターコンチネンタルホテル東京で、天満敦子さん

e0028123_22553998.jpg12月1日、弟の結婚式がANAインターコンチネンタルホテル東京で行われた。 弟の15年勤務した職場であり、彼女が現在も勤務していることから、このホテル以外に選択の余地はなかったようだ。

ホテルの上層部など、豪華な顔ぶれに祝福された絢爛な披露宴だった。 特に驚いたのが、このホテルとも縁のあるスペシャルゲストとして、天満(てんま)敦子さんというバイオリニストが突然紹介されたことだった。 もちろん私は名前も知らなかった。 紹介されて足早に入場してくると、ざわつく宴席を気にもせず、ステージでいきなりバイオリンを奏でだした。 そして、その音色に宴席は静まりかえり、そのうち水をうったように皆が聞き惚れた。 その旋律はどんな言葉より雄弁に二人を祝福しているかのように思えた。 おそらく会場の誰もがそう思ったのだろう、演奏が終わると、立ち上がっての拍手の嵐が起こった。 私も興奮してしまい、目の前を通る天満さんに思わず詰めより、「すばらしい! ありがとうございました。」と握手してしまった。
ほんのわずかな時間だったが、表現者のすごさを垣間見た。

e0028123_2333718.jpg聞き入っていたので写真も残せなかったが、後から聞けばこの方、クラシック界においていくつものヒットCDを持つ屈指のバイオリニストだそうで、「その天衣無縫、個性味溢れる語り口とステージにおける強烈な自己投入が広く人々から愛されている」という。 また、使用のヴァイオリンはストラディヴァリウス晩年の名作であり、弓は伝説の巨匠イザイ遺愛の名弓だそうだ。


←(ホテルの部屋ではしゃぐ娘たち)

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by Hhisamoto | 2007-12-02 22:49 | ■えせ文化人(本、映画・・)

フランス『美味の職人たち』 宇田川悟

e0028123_22161156.jpgフランス文化の現在が生々しく感じられる本。

1998年の著書なので若干時間は経っているが、けして色あせを感じさせないほど鋭い切れ味の文章となるのは、著者・宇田川悟さんが日本人としての意識を人一倍強くもってをフランスに在住しているからではないだろうか。 

宇田川悟さんといえば、フランス食文化についての造詣が主な彼のフィールドだが、そこかしこに出てくる彼の細かい所見も興味深い。 
例えば、「フォアグラこそ農家の心意気」という章で、フォアグラ農家をたずねて村道を進んでいる時のくだりだ。 
道に迷うことなど不思議なくらい、フランスの道路状況の良さにはいつも感心させられるという。 どんな地方のいかなる小さな村道を走っても、道路が完全舗装されていて、各種標識が見えやすく明快で実に爽快だという。 (そして、著者が考えるその理由がおもしろい) 中央でも地方でも、都会でも田舎でも、政治家だろうが公務員だろうが、トップも下も自分でハンドルを握って運転するからだという。 行政に携わる彼らは道路状況が悪ければすぐに改善しようとする。 自分で運転し、自分の目で道路を把握するというリアリズムが、フランスにはある。 どこかの国のように、位人臣をきわめた人間が、公私ともに車のバックシートにふんぞり返っていると、道路も標識も永久に整備されないというのである。

クリスタルガラスのバカラについての記述も興味深い。
ロレーヌ地方のバカラ村で作られるこのガラス工芸がなぜ発達したのか。 もちろん、ガラスづくりに不可欠な素材である燃料用の森林木材、珪素を多く含んだ砂、苛性カリをつくるためのの灰になる羊歯が豊富だったことなどがあるが、それ以上に、創業以来工場従業員の福利厚生にたゆまぬ力を注いできたという。 「福利厚生」という、手工業を支える平凡で不可欠な努力に着目していることがおもしろい。 高度な進展を支えるものは、案外このような目立たない労力にあるのかもしれない。

その他、フランスパンと総称される「バゲット」の品質低下になげく話し。 日本やアメリカを含む諸外国の人間が感じるフランス人の高慢さや接客などのサービスの質の低さの話し。 トリュフの近年収穫事情など、現在のフランスが人間味をもって語られている。
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by Hhisamoto | 2007-11-04 22:15 | ■えせ文化人(本、映画・・)

ニコール・キッドマン 『コールドマウンテン』

e0028123_16581794.jpgずいぶん以前に、トム・クルーズ, ニコール・キッドマン共演の『遥かなる大地へ』という映画を見た。 えらく長編の映画だったが引き込まれた想いがある。 そんな記憶をよみがえらせてくれたのが、このイギリス・イタリア・ルーマニア合作の『コールドマウンテン』。

南北戦争時の南軍として戦うことになったインマン(ジェード・ロウ)と、彼の帰りを待ち続けるエイダ(ニコール・キッドマン)とのラブストーリー。 2004年にアメリカで話題になった映画だ。 気になりながらも見る機会を失っていたらテレビで放映してくれた。

e0028123_17544133.jpg色香以上に印象に残る強いまなざし。 ニコール・キッドマンはアメリカ開拓期の女を演じると、ほんとにいい味を出す。 最近、彼女が主演する『記憶の棘(とげ)』という映画も見たが、やっぱりアメリカ時代劇でホコリにまみれている姿が魅力的だと思えた。

それと私の大好きなレニー・ゼルウィガーが、エイダの良き友となるルビー役で出演している。

血なまぐさい殺りくシーンなどもヨーロッパの感覚が取り入れられていてリアリティを感じる。 戦争という特殊なシーンにおかれた人間の心情と行動が描かれているので、五味川純平の『人間の条件』を思い出す人が多いはず、との評論を見たことがある。 この『コールドマウンテン』は、チャールズ・フレージャーの全米ベストセラー小説とのこと。 語学力が足りれば、いつか原文を読んでみたい。
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by Hhisamoto | 2007-10-06 16:57 | ■えせ文化人(本、映画・・)

『絶対音感』 最相葉月 著

e0028123_21115466.jpg世の中のすべての音が音階をもって耳に飛び込んでくる。 音楽人にとってはプラス要素であるが、街の喧騒や雑音に至るまで研ぎ澄まされて聞き取る耳は、必ずしも快適ではないらしい。 そんな『絶対音感』にまつわる話しと、音楽家たちの逸話が峻烈で印象的だった。

たとえばバイオリニストの千住真理子の話しがある。

千住真理子は、最年少の十五歳で日本音楽コンクールに優勝したとき「天才バイオリニスト誕生」と絶賛された経験がある。 ただそれは、テクニック先行型の天才バイオリン弾きが生まれたという担保つきの賛辞であり、決して喜ばしいものではなかった。 しかも、師の江藤俊哉はいった。 「あなたはもう完璧だ。 弾けないものは何もないはずだ。 でもこれからがたいへんだね。 これからあなたに求められるものは、音楽という名の芸術だ。 いつの日か、あなたの演奏で僕を感動させてください」

千住はただ呆然とし、返す言葉を見つけることができなかった。
「技術を磨くことは簡単なのです、一生懸命努力すればいいのですから。 でも、私はそのとき、テクニックが100%あるということで、自分にないものを完璧にさらけだしてしまったのです。 何の表現をしたい自分もいなかったのです。 友だちが何人かいて、好きな先生や嫌いな先生もいて、好きな科目もある。 そんな、ごく普通の十五歳の私しかいなかったのです。 喜怒哀楽も非常に稚拙なものでしかない。 幼稚な感情しか表現できない。 テクニックは完璧だけど内容は希薄、幼すぎる。 悩みました、本当に」

二歳半からバイオリンを習い、十五歳で技術を完璧にした。 絶対音感も、優れた相対音感も手にすることができた。 しかし、どんなに高度なテクニックで難曲を弾きこなすことができても、人を感動させることができない。 欠落していたものにぶちあたった千住は、自分がバイオリニストであることに何の意味があるのかとまで悩んだ。 なぜ自分が演奏することでお金をもらえるのか。 なぜみんな喜ぶのか。 本当にみんな喜んでいるのだろうかと疑いさえした。

その後、彼女はバイオリンを手にできない時期を幾度か繰り返しながら大人になっていく。 そして、阪神大震災直後には、神戸の街をバイオリンを手に歩き回る経験をしている。 子どもも大人も千住の奏でる音楽に涙を流して喜んでくれた。 その喜びは千住自身の感動となった。 

このくだりは、「涙は脳から出るものではない」という章にある。
絶対音感。 最高の音楽テクニック。 結局、人の心を揺さぶるものとは ・・・
ノンフィクションライターの最相さんが書きたかったのは、この部分なんだろうなぁと思った。
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by Hhisamoto | 2007-09-26 21:06 | ■えせ文化人(本、映画・・)

『知的障害者のかっこいいワイン』 日経マガジン

e0028123_2135101.jpg日本経済新聞を購読すると、月に1回、日経マガジン「THE NIKKEI MAGAZINE」というおまけがついてくる。 私は、気持ちのこもった編集が施されているこの小冊子が好きで、毎回楽しみに読んでいる。

9月号の記事に『知的障害者のかっこいいワイン』と題されて、栃木県足利市の「ココ・ファーム・ワイナリー」のことが載っている。 ここはスパークリングワインが2000年の沖縄サミットの晩さん会の乾杯に使われたことで一躍有名になったワインファームだ。 ソムリエの田崎真也さんの推薦で候補になり、最後はラベルを隠したブラインドテストで選ばれた正真正銘の実力派だそうだ。

そして特徴的なことは、知的障害者の更生施設「こころみ学園」の園生たちが、そのブドウ作りに従事していることだ。 学校を卒業しても働き場のない知的障害者の実情に対して、ならば働く場を作ろうと、こころみ学園の園長である川田昇さんが1958年に私財を投じて山を買い、畑を開いた。 園生30人の更生施設としてスタートした農園の経営は困難だったにちがいない。 職員総出で工事にあたり手作りで始めた様子が彼らのホームページに語られている。

当初はブドウそのものを出荷する農園だったが、ワインへの挑戦にかけたらしい。 とはいえ、単なる夢とロマンの物語だけではなく、ワイン造りへの挑戦はそろばんをはじいた結果だともいう。 生鮮品のブドウは収入が安定しない。 ワイン造りが軌道に乗れば、売り先が確保でき、園生の経済的な自立に役立つと考えたという。 また、「知的障害者が造るワイン、ではだめ。 同情で買うのは1回だけだから。」とプロ意識を確立させている。 さらに、完成したら毎年4本ずつ6年間ワインを届ける約束で一口10万円の出資を募るなど、品質を高めるための資金集めにも工夫が見られる。 「売れるものは何でも売る」と、醸造所併設のショップにはワイン以外の商品も充実しているという。 まさに「したたかに、しなやかに」という表現がぴったりだ。

「与える者」と「与えられる者」ではなく、全員が役割を果たす。 草刈りのプロ、瓶詰めのプロ、園生の家事を支える家事のプロ。 「一人ひとりがプロになってはじめて、本当の自立がある」 園長の言葉が重く響いた。 と結ばれている。

新しい時代の組織作りに、参考になる話しばかりだと思えた。
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by Hhisamoto | 2007-09-15 08:10 | ■えせ文化人(本、映画・・)

『新・八五郎出世』 立川志の輔

e0028123_119075.jpg出張で山口県宇部へ向かった。
全日空の機内で何気なく聴いた番組の「落語」がなんとも面白かった。 立川志の輔が語る『新・八五郎出世』 という江戸人情話しだ。

「宵越しの銭はもたねぇ」と威勢だけはいい貧乏長屋の大工・八五郎。 その妹・つるは、お屋敷奉公の下働きをしているとき、殿様の世継ぎの子を宿して奥の座に着くことになる。 その知らせが、母親と二人で長屋に暮らす八五郎のもとに届くと共に、お屋敷に来るようお呼びがかかる。

長屋の大家に借りた衣装で袴姿をどうにか作り、言葉使いにくれぐれも気をつけるようにいわれながらお屋敷に上がる八五郎。 酒を振舞われ、酔いにまかせて本音を語る八五郎の言葉から親想い・妹想いがにじみ出る。 八五郎が気に入ったお殿様は「士分」に取り立てて禄を与えようと言葉をかけるが、背伸びをせずに、いまの自分が生きている場を大切にしようとする八五郎の想いが掛け合いになる。 

八五郎 「うちにはババアがいるから、長屋を出て侍奉公なんてできないの!」
殿様  「ならば、母親もいっしょに屋敷へ来るがよい」 
八五郎 「うちのババアは、井戸端がないと生きていけないの!」 ・・・

といった八五郎の間抜けな言葉の数々に、やさしい想いと人情がぎっしりと詰まっている。
元々あった「八五郎出世」という古典落語を、志の輔が人情話しに作り変えたらしい。 こんなオリジナル化が許されるのも立川流だからだとするば、それもすばらしい。
お薦めの落語の一つです。

もし、もう一つ好きな落語を挙げろと言われれば、三遊亭金馬の『芝浜』。
酒ばかり飲んでいる男が芝浜で大金の財布を拾うが、妻の言葉によってこれを夢と諦めて改心、懸命に働き、後に妻から事の真相を知らされるという人情話し。

それにしても落語は、噺家しだいでまったく違うものになることを感じる。
やっぱり最後は「人」なのかな~。
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by Hhisamoto | 2007-08-31 22:11 | ■えせ文化人(本、映画・・)

『レミーのおいしいレストラン』

e0028123_21564633.jpg長女と二人で観る映画の記念すべき第一作目となったのがこの映画。 (この映画を奨めてくれた友人に感謝!)

映画の中のフランス料理界のあり様が、現実に近いシュチエーションとなっているところからして面白かった。 惜しまれて世を去った伝説のシェフ「グストー」は、最年少で五つ星を獲得した男。(料理人らしい太っちょに描かれている) そのグストーの店が舞台となるが、厨房には料理長としてのシェフ、セカンドのスーシェフがいて、重要なソース作りを担うソーシエ、肉料理担当のロティスールやデザートのパティシエまでがちゃんと描かれている。 (従業員を、素性よりも働きを重視して採用している様子まである) 

また、グストーの店は、かつての五つ星から彼の晩年に四つ星へ降格され、さらにオーナーシェフの彼の死によって、慣例通りに星を一つ減らされて三ツ星に落ちている。 このあたり、老いたグストーに代わって現場を任されることになったチーフシェフの力量のなさが招く顛末として、ありそうな物語となっている。 また、レストラン「グストー」を取り巻く世評と、世評をつくる代表格として、料理評論家の大御所イーゴが登場する。 このあたりの設定も現実的にありそうな様子で面白い。 (というより、実際のモデルがあるのかもしれない)

物語の中で五つまであった星の数は、実際には最高で三つまでだが、ミシュランの星の数がフランス料理店を一喜一憂させる厳格なる力を持っていることは本当だそうだ。( 『フレンチの達人たち』 ) その料理の世界で働く者たちの話しがプロットとして完成されていて、さらにファンタジーが加えられているから楽しい。 子どもといっしょに観る映画をそこまで分析しなくていいと自分でも思うが、レストランの世界に興味のある私はそんな見方をしてしまった。
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by Hhisamoto | 2007-08-18 21:55 | ■えせ文化人(本、映画・・)