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神田神保町のカレー

インド&パキスタンレストランチェーン「シディーク」なるカレーショップが神保町のアダルトショップ芳賀書店ならびにできた。 店の間口は小さいが、12~3席分はとれそうな長いカウンター席が薄明かりの店内奥まで並んでいる。 たっぷりと幅をとったカウンター席の前にはブラックミラーが張り詰められていて、落ち着きがある。店の外側から見た騒々しいデザインからは想像できない。 だが、店内のBGMもインド音楽だし、入り口の上部に据え付けられたTVモニターからしつこく流れている映像も、せわしいインド風MTVらしきシーンだ。 おまけに、せまいスペースにインド人スタッフばかり5~6人いる。採算は合うのだろうか。 4人は厨房にいるのだが、つねに大声でしゃべっていてやかましい。インド人とはおしゃべり好きな人種なのだろうか。 私にはインドの言葉はわからないが、きっと芸能ネタか、好みの女のタイプの話しで盛り上がっているのだろう。 そうに決まっている。

チキンカレー、ラムカレー、レンズ豆を使ったダルカレー、エビの入ったブローンカレーなどのメニューのほか、ビリヤニなる、いわゆるカレーピラフもあるし、ビールのつまみになりそうなタンドゥーリチキンもあった。 でもカレーにビールは基本的に合わない。 カレーに合うのはたっぷりの甘みと特有の渋みをもった本物のマンゴージュースだ。 できるだけオーソドックスに食したい私としては、ラムカレー・ライスをオーダーする。ライスはボリュームたっぷりのターメリックライス。くせがなく十分においしいが、ナンがもっとおいしいのに気づいたのは、2回目に訪れた時だ。

同じ神田神保町には、大正13年創業の老舗、スマトラカレーの「共栄堂」がある。 800円のポークカレーが看板メニューだが、ルーダクで食べるのが好きな私には、ご飯が2割程あまってしまうため、1000円でカレーだけ大盛り、というやつを頼まざるをえない。 つなぎに小麦粉を使っていないらしく、すっきりとしたカレー本来の味が楽しめるし、スマトラをイメージさせるココナッツの香りもいいが、プレーンなカレーそのものを味わいたい私には、あの肉の多さはありがた迷惑といったところ。 席につくと、カップに入ったポタージュスープと共にオーダーを聞かれ、ポークカレーなら秒殺で目の前に並ぶ。 ちなみにこのポタージュスープはかなりいける。 貫禄のあるご主人みずからが店に立ってらっしゃるが、あんなに大勢のインド人従業員を雇う「シディーク」を見たら、ご主人はどう思うだろうか。 きっと「おしゃべりしながら仕事ができます!」などの甘い広告で、おしゃべりインド人を国から呼び寄せ、驚くほど安い給料で働かせ、夜は部屋を与えずに、修行と称して仏陀のように廊下に座らせているに違いない、と思うだろう。 そうに決まっている。
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by Hhisamoto | 2005-06-25 01:38 | ■B級グルメ

GOLDEN CHILD BOXING Vol.75

6月15日は仕事もたまっている水曜日だというのに、夕方6時前には後楽園ホールに向かうタクシーの中にいた。 久しぶりに金子ジムから回ってきたボクシング観戦のチケットを手にしていたからだ。 GOLDEN CHILD BOXING と銘打たれた興行は、なんと75回を数えるに至ったらしい。10年以上前になるが、現在の会長である金子健太郎氏が「金子を英語にしたんだよ」といたずらっぽくいいながら、「でも金の卵のように、金の子を育てる場にしたい、という思いもあるんですよ」と、私にGOLDEN CHILD BOXINGの名前の由来を説明してくれた頃は、まだほんの数回目の興行だったと記憶している。 軽さを覚えていたこの興行名を、こつこつと積み上げた重さが、大きく超えていることを実感した。

第1試合からファイナルまで、すべての試合をお行儀よく見ることになったのは、沖縄出身でボクシング好きの宮城氏と同行したからだ。 彼が関心を示した試合は、52Kg契約ウエィトで戦った、清水智信(金子ジム)と河上哲也(駿河ジム)の 8回戦。 宮城氏が言うには、23才期待の新鋭清水選手は、浅い戦績にもかかわらず8回戦を戦うだけあってバランスのとれた良い選手だが、対戦相手32歳河上選手の老獪さとテクニックは、それにも劣らずにすばらしい、と繰り返し惜しみなくほめた。 酔って地元沖縄を語らせれば最後は涙する宮城氏の、こういった見方がボクシングを支える正しい観戦方法なんだろうな、と妙な納得をした。

私が唯一席を立ったのは、リングサイドに先代の会長「金子繁治」氏と延子夫人を見つけ、挨拶に出向いた時だ。 先代会長といっても、会長職を私と同年代の長男健太郎氏に譲ったことを知ったのは、つい先ごろのことであり、また私にとって会長といえば金子繁治御大に他ならない。 金子繁治会長に近寄り挨拶をすると、私のねぎらいの言葉は聞こえないかのようなそぶりで、「立派になったな、外で修行したことがよかったんだな」などと暖かい言葉をかけてくれる。私もいつか人の心を暖かく包む言葉が使える人間になりたいと思ってしまう。 金子繁治会長は、まだボクシングが日本のメジャースポーツだったその昔、東洋無敵のフェザー級チャンピオンであり、その試合には日本武道館の回りを何周ものファンがならぶような、超がつく人気を博し、銀座をオープンカーでパレードすれば花と紙吹雪で迎えられたという。 当時「ミス丸ビル」だった延子さんを妻に娶ったのは、オープンカーのパレードの帰り道だったとか.. 延子ママに対しても、普段の私はそんな冗談は言えない。 私はこういう人たちに育ててもらったのだ。
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by Hhisamoto | 2005-06-21 21:56 | ■おやじスポーツ