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素直においしい「ベジーヤ」のスープカレー

7月15日のむし暑い金曜日が、私の記念すべきスープカレー初体験の日となった。 場所は東西線「早稲田」を下車してすぐ。今は早稲田中学・高等学校となっているが、かっての王貞治の出身校・早稲田実業があった場所だ。 

スープカレーといえば「札幌」ということになっていて、札幌にて大ブレイクした後、東京に凱旋してきたイメージが強い。 サッポロスタイル・スープカレー「ベジーヤ」の説明によると、札幌のスープカレーには35年の歴史があり、ここ4~5年前からブレイクしているのだそうだ。 「北の大地からHOTな贈り物」という、たいそうなキャッチフレーズまでついているが、北海道産野菜をふんだんに使っているのは本当だ。 ポークカレースープ(¥980)を注文しても、その中には、じゃがいも、ニンジン、かぼちゃ、ブロッコリーなどが、丸のまま使われているのには目をうばわれる。 

スープカレーはあくまでスープ状のカレーが主役なので、皿に盛られたライスは、その箸休めのような存在らしい。 食べ方にもいろいろあるらしく、まずスープとして味わうことから始まり、次にライスをスプーンですくい、スープに浸して食べる。 さいごはライスをスープに入れて食べる、というように、名古屋の「ひつまぶし」を思わせるうんちくもある。 

6段階ある辛さからは、平均的な3を選んだが、それでも十分な辛さを味わうことができたし、豪快に使われている野菜が、とにかくいい味を出している。 丸ごとのニンジンなども、甘味をおびて実においしく、普段はニンジンを食べない人もいけるのではないかと思ってしまう。 「道産子」 おそるべし!
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by Hhisamoto | 2005-07-18 21:31 | ■B級グルメ

インドカレーラーメン (その2)

井上宏生著「日本人はカレーライスがなぜ好きなのか」を読んだ私は、前節にて「インド人シェフが作るインドカレーラーメン」に対して、皮肉な笑いを投げてしまったことを後悔した。 氏の本によると、インドで誕生したカレーがイギリスを経て、文明開化に沸く日本に渡来した後、日本においていかに独自の変化をとげたかが描かれている。 

例えば、とんかつをカレーとドッキングさせ、カツカレーを作り出したのは、浅草の洋食屋「河金」のお客に対するサービス精神であったこと。 また、今をときめくカレーパンをあみ出したのは、1927年(昭和2)、東京・深川の菓子店「名花堂」の二代目・中田豊治という方だそうだ。 のちに銀座の木村屋をつくる木村安兵衛は、パンにあんを入れて「あんパン」をつくり、現代に至る大評判となったが、この中田氏は、パンにカレーを入れてしまった。 しかも、アイデアを真似ただけでなく、彼はカレー入りのパンを油で揚げる工夫を加え、「洋食パン」という名で売りだし、下町の人気を集めたという。 さらに興味深いことは、中田氏はこのカレーパンを「発明」として、実用新案七八四号として登録していたという。 

カレーを愛してやまないこの本の著者・井上氏の話しは、「福神漬」を10年かけて誕生させた海産物問屋・江戸屋の十五代目・清左衛門の逸話にまで至るが、著書の中で、日本ではじめて「カレーうどん」を世に送り出した店、東京・早稲田の「三朝庵」についても触れている。

近代化日本の貪欲さに溢れる明治という時代は、新しいものを恐ろしい速度で吸収していったらしい。 そして人はカレーをはじめとする洋食に傾き、外食産業の雄として長い歴史を誇るそば屋(大阪では、うどん屋)は、窮地に立たされた。 その苦境の中で、そば屋はカレーを敵にまわしながらも、一方で手を結ぶ政策をとったというのだ。 「カレーうどん」を生み出したこの三朝庵は、明治維新後に大隈重信が早稲田大学を起こすと、腹をすかせた学生や新しモノ好きな教授たちをおおいに満足させることになり、現在も堂々と店を続けているという。

どの話しも「いにしえ」ながら、奇抜で絶妙な知恵の成せる技としか言いようがない。 だとすれば、現代において、インド人シェフが「インドカレーラーメン」を世に出すくらいは、当然の試みだったかもしれない。 しかも場所は「カレーうどん」発祥の地、早稲田である。 突飛な発想を大真面目に実現しようとする者を、前節の私は、心の奥底でせせら笑ってしまった! 反省を込めて言いたい 「インドカレーラーメン 万歳!」 

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2005 初夏
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by Hhisamoto | 2005-07-17 01:56 | ■B級グルメ

インド人シェフが作る「インドカレーラーメン」

早稲田大学理工学部で、教授の皆様に、私が扱っているデータベースについての説明をたっぷり半日行い、ヘトヘトになった帰り道、ここは食べもの屋がひしめく高田馬場の学生街であることにハタと気がつき、特に何も考えず、目についたカレー屋「ジョティー」に入った。

インド人の若夫婦が切り盛りしている小さな店内に入ってから気づいたことは、「インド人シェフが作る本格的インドカレー!」とある傍らに、カレーラーメン、ウドンのカレーツケメンというメニューが堂々とあったことだ。 いくら学生街だからといっても、そこまでやるかインド人シェフ!と言いたかったが、インドカレー味のカレーラーメンなるものを想像すると、もしかすると「似て非なるもの」かもしれない、などと興味をそそられ、もう少しでオーダーしてしまいそうだった。

インドの地ビール「MAHARAJA」を飲みながら、「インド各地の豪族や王様のことをマハラジャといい、絶大な権力を持っていたんだ」と20代後半を過ごしたアメリカで得たにわか知識を仲間に披露しながら、ふとビンのラベルを見ると、日本語で「マハラジャとは・・」と丁寧な説明書きがあった。

中央線の西国分寺駅を北側に下りてすぐのところに、カレーハウス「すぷーん」というカウンターのみの小さなお店がある。 私はその店でいつも「プレーンカレー」を食べる。 かけソバのようなもので、まさしく何の具にも邪魔されることなくカレーそのものを味わえる究極のメニューだと思っている。 また、カレーに自信がなければ置かないメニューだとも思う。 この「すぷーん」で出されるライスは、常にやわらか過ぎず固過ぎず、カレーには最適なご飯を炊いている。 盛られたそのライスに、濃い色をしたサラサラ系のカレーが薄く覆うようにして出されてくる。 カレーのスパイスの調合も見事なのだろうと思われるが、あの絶妙な味のバランスの整え方は、なにか「うまみ」「だし」といった日本人の口に合った、スパイス以外の味付けのなせる技が加わっているのではないかと思わせる。 ホテルニューオータニで30年間シェフを勤めたご主人が、大多数の日本人の好みに合う味付けを知り、適度に加え、確実に効いているような気がする。 事実、この店はよく大型連休をとるが、店を開ければ客足が絶えることがない。多くの人に受け入れられる味を目指してきた成果だろうと思う。

高田馬場「ジョティー」のインド人シェフも、日本人に受け入れられる味を追求するならば、インドカレーラーメン以外で勝負した方がよいと思う。
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by Hhisamoto | 2005-07-09 02:08 | ■B級グルメ