<   2005年 10月 ( 4 )   > この月の画像一覧

ジョン・アーヴィング 「未亡人の一年」

John Irving 'A Widow for One Year'
ジョン・アーヴィングというアメリカの作家は、1978年に発表した半自伝的小説「ガープの世界」で全米図書賞の小説部門ペーパーバック賞を受賞して以来、やたらと長い小説を書きたがる作家だ。 昨年に買った「サイダーハウス・ルール」という本も上下巻の長編で、実はまだ読みきれていない。 
e0028123_21573743.jpg

長いだけでなく、独特の表現でひとつの動きを細かく描写する。 これがともすると、うざったい重さを感じることがある。 翻訳というフィルターを通さずに読めれば、また違った感触を得るに至ったのかもしれない。 なぜこの人が現代アメリカ人作家の第一人者なのか、まだ私には理解できていない。 
[PR]
by Hhisamoto | 2005-10-22 00:34 | ■えせ文化人(本、映画・・)

第一回金子ジムOB会

10月2日は、金子ジム創立40周年を兼ねたOB会が下北沢で開かれた。

第18代日本フライ級チャンピオンの松本芳明さん、第9代日本J.ライト級チャンピオンの岩田健二さん、そして村田英次郎さん、カシアス内藤さんら元チャンピオンから私のような者まで、世代を越えた顔ぶれ約70人が一同に集まるという華やかな会だった。

「青春の一時期を金子ジムですごした仲間達で語り合えたら..」と田口さんがマイクを握る。 25年前の当時日本バンタム級一位であり、現在は建設業の社長を務める田口さんの進行で和やかに進んだ。 語り継がれるエピソードをいくつも持つツワモノや、見分けがつかなくなるほど太った者などとの再会には、話題が尽きなかった。

そして、金子繁治名誉会長夫妻を招いて、感謝の意を込めた花束が渡された。
心が暖まる日だった。

e0028123_2264313.jpg
現在、横浜でジムの会長
となったカシアス内藤さんと。


私は1980年、20歳前後の約5年間を、下北沢の金子ジムと共にすごした。 
当時の私は大学受験に失敗し、専門学校で会計を勉強する身だったが、高校生時代同様に、なじめないことが多く、身をもてあましていた。 劣等感のようなものもあったが、同時に「自分には何かできるはず」という、若さからくる根拠のない自信のようなものも持っていた。 そして、「何かしなければいけない」という想いは、何も持っていない自分を呵責し、苦しめ、「強くなければ、強くならなければ」というエネルギーに変わり、金子ジムの門を叩かせた。 

ボクシングが好きだったわけでもなく、知識があったわけでもない。 度胸試しのような勢いで入門した当時の金子ジムには、登り竜の勢いを持つバンタム級のホープ村田英次郎、再起に立ち上がったミドル級の元東洋チャンピオン・カシアス内藤がいて、彼らを見守るトレーナー・エディタウンゼントや、ノンフィクション作家・沢木耕太郎の姿があった。

入門して数ヶ月後、僕ら練習生に「金子ジム」の名前が入った半纏が配られ、東洋太平洋タイトルマッチの興業があるから、会場の応援垂れ幕の設置や案内の手伝いをするように言われる。 何のことやら分からずに、先輩たちについて回り、後楽園ホールを右往左往しているうちに試合が始まる。 6回戦、8回戦と、ジムで目にするプロの先輩たちが、研ぎ澄まされた面持ちでリングに上がり、勇ましい闘いを見せる。 ダウンを喫してからも食いつくような形相で立ち上がり、向かっていく者がいた。 惜しみない声援と容赦ないヤジが飛び交う。 物々しいヤクザ風の男のだみ声。 リングサイドクラブからの金一封を告げるアナウンス。 勝利を告げられる者、くやしがりながらリングのステップを降りる者。 パンチを受けた際の汗しぶきが光線に反射して鮮明に目に焼きついた。 

この日、村田英次郎はファイナルで、韓国人チャンピオンを判定で破り東洋太平洋バンタム級の新チャンピオンとなった。 1987年12月だった。 それから約5年、私は常に英次郎さんの輝きを見つめながらこの時代をすごし、そして英次郎さんの引退を見て、企業へ就職した。
[PR]
by Hhisamoto | 2005-10-15 01:10 | ■おやじスポーツ

吉祥寺リトルスパイスの「ブラックカレー」

渋谷で生まれ、駒場東大前で育った私にとって、京王・井の頭線はもっとも親しみのある「足」であり、とりわけ下北沢と吉祥寺の街は思い出深い。 

その吉祥寺へは現在、月に1度の頻度で、小学3年の長女を山田歯科という小児専門の歯科医のもとへ通わせている。 医院長の山田氏は、私がアメリカでソフトウェアの仕事をしていた1980年代の後半(私が20代の後半)に、氏が視察旅行で日本から来られた際にお会いした先生であり、その後私と同じくドイツの人智学者・シュタイナーに傾倒した経緯を持っている。 氏は人間本来が持つ治癒力やあるべき役割というものを最大限に尊重し、それを歯科医療に取り入れている。 まず歩くこと。 子供の成長期には自分の足で歩かせ、それによってあごの発育を促すことの重要性を説く。 医院を訪れるとすぐに気づくことになるが、オープンで教育的な治療を行っている。 歯の磨き方や食事の与え方など、子供に必要な要素・親に必要な要素を、それぞれに指導をすることを忘れない。 予防医療などという言葉も出てきているが、どこまで実践されているかが疑わしい中で、医療本来の姿を目指している方であると思っている。 今回、長女の歯列のことで氏のもとへ通うことになったが、「求めるものは、出会えるもの」を感じる嬉しい再会だった。

今の国分寺の自宅からは、中央線で下車する吉祥寺だが、私にとって長女との貴重なデート時間だ。 成蹊大学そばの山田歯科医院からの帰り道、東急百貨店脇にある「リトルスパイス」というカレーハウスに立ち寄った。 ここのブラックカレーなるものの噂を耳にしており、一度機会があれば食してみたかったのだ。 娘には悪いが、私の趣味に付き合わせることにした。

夕食時間前の5時ごろに入店したのが悪かったのか、センスのない民放ラジオが大音量で鳴り響き、おまけに狭いカウンターの中ではマスター風の女性と若い店員が言い争って何やら険悪なムード。 まだ客を迎える時間ではありませんよ、と言われているようで雰囲気は最低。 

私が予定通り「ブラックカレー」900円を、娘には「シーザーサラダ」420円をオーダーする。 カレーの方は大丈夫だろうか? と不安げな私に出されたブラックカレーの見栄えはすこぶる良かった。 紫がかったのオニオンスライスと三つ葉の緑の色添えが、濃いカレーの色とコントラストをきかせていて、写真に撮りたい衝動にかられる。 ゴハンはカレー用にはもう少し固めがほしいが、カレーそのものは辛さと香りの調和がとれていて、スパイスが十分に味わえる。 じわじわと湧いてくるような引き締まった辛さと、カレーの油気が口にまったく残らない不思議なおいしさが味わえる。 もちろん胃にもたれる感じもない。 こんな食後感は初めてだ。 

インパクトのある味なら、淡路町「トプカ」のインドカレーのむせるような辛さも相当なものだが、そういった直撃型のインパクトとは対極にあるものを感じた。 スパイスは脂溶性があるので、香りやコクを油に移して媒体にするのが一般的だが、何か違う調理方法なのだろうか、などと考えさせられてしまう。 そこで、カウンターの女性に「このブラックは何の色なんですか?」と婉曲に尋ねてみたが、教えられないとあっさり断られた。 
[PR]
by Hhisamoto | 2005-10-09 21:43 | ■B級グルメ

日本女子オープン選手権の宮里藍、諸見里しのぶ、不動裕理

10/2(日)宮里藍が、メジャーの大会第38回日本女子オープン選手権で、通算5アンダーの283で初優勝した。 20歳3カ月での優勝となり、樋口久子の23歳2カ月を上回る史上最年少記録とのこと。 また、宮里はツアー通算10勝目となったのも最年少記録だそうだ。

記録はもちろんみごとだが、私が感じ入ったのは宮里の華やかさだ。
大会の最終日には、新チャンピオンの宮里を見ようと、大会最多の2万1千人を超える大ギャラリーを集めての最終ラウンドとなったそうだが、圧巻は最終18番ホールだ。 主催者がフェアウェイを開放し、ギャラリーが一斉にコースになだれ込み、宮里の後ろを共に歩き始めるというシーンができた。 真紅のゴルフウェアに身を包んだ宮里が18番ホールへ向かう姿を、カメラワークが真正面から大きくフォーカスすると、その肩越しから大ギャラリーの群像が歩調を合わせるかのように追随する絵となった。 前方のクラブハウスからは、勝利を確信したジャンヌ・ダルクを先頭に、大軍が凱旋してきたかのようにも見えたのではないだろうか。 日本でこんな映画のようなゴルフシーンを見せてもらえるとは思わなかった。

e0028123_21542241.jpgまた、通算イーブンパーで5位に入ったのが諸見里しのぶ19歳だ。 この子、なんとプロデビュー戦がこのメジャー大会で、しかも5位に入った。 マスコミ諸氏は、「ホロ苦いプロデビュー戦となった..」と書くが、あのダイナミックなプレーとこの成績になぜ苦言が寄せられるのか、私には理解できない。 宮里藍との比較なのかもしれないが、決して引けをとるものではないと思う。 インタビューでは「初めてのお給料が楽しみ」と可愛らしいことも言うらしい。 バレーボールの益子直美が20歳を越えてからどんどん美しくなったように、諸見里のルックスはますます洗練されて美しく成長していくだろう。 

前年度チャンピオンの不動裕理は、通算10オーバー21位タイに終わった。
しかし後輩に座を譲る歳でもないし、まだまだ活躍してくれると思う。 この人はルックス云々ではなく、スポーツに対して勝負する人間としての真摯なものを見せてくれる傑出したすばらしいプレーヤーだと思う。 その魅力は若手のそれとはまったく種類の違う興味深いものだ。 このまま若手の時代がくると思ったら大間違いだ。 面白い!
[PR]
by Hhisamoto | 2005-10-08 22:59 | ■おやじスポーツ