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神保町・キッチン南海のカツカレー

e0028123_23432189.gif神保町すずらん通り、あこがれの「キッチン南海」にてカツカレーを食う。

有田芳生さんという文筆家が、『酔醒漫録』という随筆の中で絶賛する魅惑のカツカレーをぜひ一度食べてみたかったのだ。 有田芳生さんはテレサ・テンが亡くなった時、すでに彼女の伝記小説を書く約束をしていたそうで、テレビでも「なんとしても書いて、彼女との約束を果たす!」といきまいていたのを覚えているが、10年経った今年の春、テレサ・テンの生涯を描いた『私の家は山の向こう』という本を出版し、彼女との約束を果たした方だ。

ここのカレーは、洋食屋のカレーらしい「ソースカレー」だ。 
色が黒く、ソースを想わせる。 おそらく製法もソースを作る手法に近いのだと思う。 
このてのカレーを私は勝手に「ソースカレー」と呼んでいる。

お昼どきに行けば必ず長蛇の列が店の外にできているので、今日のように外した時間にこなければ入れない。 いわゆるスパイスのたっているカレーではないが、書店の街で愛されているインパクトの強いこのカツカレーを、私も好きになりそうだ。
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by Hhisamoto | 2005-11-29 22:54 | ■B級グルメ

アスリート高橋尚子の表現力

e0028123_2239284.jpg生きる力の証明といえる走り。
走ることでの人生表現。
2005東京国際女子マラソンは、高橋尚子に感動させられた。

一度頂点を極めた人間にも、マスコミや世間は容赦なくNEXTを求める。 昨日の応援は明日には呵責となる現実。 そんな疎外感と戦い、言い訳せずに、小出監督から独立し、自らを追い込んで戦い、そして高橋尚子は勝った。

国立競技場のトラックに独走してきた彼女を見た何万もの観客は、驚きと感動の歓声をあげたに違いない。 おそらく競技場全体がゆれるようなどよめきに包まれたはずだ。 さらに高橋尚子は、インタビューのマイクを使って、「暗闇にいる人も、夢と目標を持って頑張ることで、毎日の生活に張りが生まれる」と、目標を持つ生き方を日本の老若男女に説いてしまった。 42キロを走った直後に。

テレビで観ていたが、東京で行われていると思うと、ライブで見なかったことが悔やまれた。 沿道で応援してみたかった。 おじさんも、ひと言、彼女の背中に応援の言葉を掛けたかった。

ボクシングの辰吉丈一郎は1992年、ビクトル・ラバナレス(メキシコ)に負けてWBC世界バンタム級タイトル失った。 それから5年後の1997年にシリモンコン・ナコントンパークビュー(タイ)からタイトルを奪い返すまでの道程には壮絶な葛藤があったに違いない。

水泳の岩崎恭子が1992年にバルセロナオリンピック200M平泳ぎで、五輪競泳史上最年少金メダリストになったのは14歳と6日だった。 岩崎恭子が金メダリストの重圧を感じるのは、皮肉にもその後の競技人生だった。 頂点を極めたからといって、引退するには彼女は若すぎたからだ。 それでも彼女は重圧と戦い抜き、4年後のアトランタオリンピック日本代表となり、すべてを出し尽くす泳ぎで10位となった。

自分自身と決着をつける戦いに挑む。
おじさんは、こんな姿を見せてくれるアスリートが大好きだ。 乾杯!

-------------- 中日新聞 -------------- 
不在の間に日本記録は塗り替えられ、アテネ五輪は野口みずきが金メダル。 今年5月には、33歳の誕生日の直後に小出義雄監督から独立し、練習パートナーら同年代のスタッフ3人を迎え「チームQ」を結成。絶対的指導者なしで練習してきた。 今回も多くの指摘があった。 「高橋に出場をやめるよう言える人間がチームQにはいない」

失敗していたら、チームQの在り方が問われただろう。 
肉離れが悪化していれば、残りの競技生活に影を落としたはずだ。 しかし、これ以上はない劇的再起。 「4年間の所属契約をいただいているし、プロとして、3年後の大きな試合を頭に入れて今回をステップにしたい」。 北京五輪を目指すという言葉も説得力を持った。
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by Hhisamoto | 2005-11-20 00:15 | ■おやじスポーツ

小林ボクシングジムで

e0028123_21185426.jpg仕事も順調にこなし、昼は神保町の「キッチン南海」にてカレーライス(¥500)を食う。
やはりこれはソースカレーだ。 
間違いナイ!

夜7時からは金子ジムの後輩・花谷に誘われて小林弘ボクシングジムへ行く。
花谷成之は、今は左官業の株式会社花谷組二代目を務める男だ。 私が金子ジムでトレーナーをしているときに、当時高校生の詰め襟姿で入門してきた。 その後、私は渡米してしばらく会えずにいたが、その間にプロ入りしてジュニアウェウター級で闘っていたことを知った。  

武蔵境の駅で待ち合わせて、駅から5分ほどのジムに案内してもらう。
ジムに着くと小林会長の顔を見つけ、紹介してもらい挨拶する。 花谷は、私を人に紹介する時はいつも「久本さんは、自分が最初にボクシングを教えてもらった人です」と言ってくれる。

小林弘さんは、元世界ジュニアライト級チャンピオン。 1967年、日本人同士初の世界タイトルマッチでチャンピオン沼田義明を12回KOで下し世界王座獲得。 以降、6回に渡り王座を防衛し当時の日本記録を樹立した方だ。 ボクシング通には、あのロベルト・デュランと闘った男としても知られている。

そんな勇壮な面影も見えないほど、今の小林会長は柔和な方だ。 
私が金子ジムの出身で、久しぶりにサンドバックを叩きたいので、よろしくお願いしますと言うと、「おお、遊んでってよ!」と快い返事。 花谷の人柄が愛されていることもうかがえ、嬉しい気持ちになる。 

靴までお借りして、久しぶりにサンドバックを叩いた。 ごきげん!
「また、来ますのでよろしくお願いします!」との挨拶にも、会長は快い返事をくれる。

久々にボクシングジムで汗を流した気分のよさで、少々ハイテンション!
家に帰り、調子にのって、旭化成株1,000株をネットで買いつけた。
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by Hhisamoto | 2005-11-09 23:05 | ■おやじスポーツ