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映画 『歓びを歌にのせて』

北欧の小さな村を舞台にしたこのスウェーデン映画には、人生の摂理が凝縮されていると思う。 日本は文化的にもアメリカ寄りのため、スウェーデンで大ヒットしたこんな素晴らしい映画であってもなかなか観ることができない。 とにかく引き込まれる映画だ。

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監督・脚本:ケイ・ポラック
出演:ミカエル・ニュクビスト フリーダ・ハルグレン
    ヘレン・ヒョホルム レナート・ヤーケル
2004年/スウェーデン/132分
配給:エレファント・ピクチャー
人間の心の中には、健やかで社会的に前向きな心が50%以上あるが、人を出し抜く気持ちや暴力的な心も、数%は潜んでいる。 この割合を集合させてもパーセンテージは変わらないので、地球上では常にどこかで戦争が起こっているのではないだろうかと思う。

世界的に有名なオーケストラ指揮者といわれたダニエルは、傷ついた羽を休めるように、生まれ故郷の小さな村に戻り住む。 その村の数人の聖歌隊が、ダニエルに残された「人を幸せにする音楽を創りたい」というささやかな夢を現実のものにしていく。 

登場人物はみんな生々しい生活を抱えている。
その中に、酒乱の夫に悩む二人の子供の母親ガブリエラがいる。
獄中の人となった無言の夫を前に、「私は、あなたを恨んでいない」
「不思議ね・・、みんな、それぞれ努力しているのに」
とガブリエラは告げる。

美しいソロを歌うこのガブリエラは、へレン・ヒョホルムというスウェーデンを代表する人気歌手だそうだ。 この美しい歌声を聴くためだけに観ても価値があるかもしれない。

e0028123_127940.jpgまた、レナというちょっと太めで色白な美しい女性がいる。 誰に対しても自然な思いやりをもって接する天使のような女性だ。 物語の中では、ダニエルへの恋心にゆれ、美しい裸身を惜しげもなく見せてくれる。 このレナ役のフリーダ・ハルグレンを見るためだけに映画を観てもいいかもしれない。

いじめは子供だけの問題ではない。 大人になれば深く内在し、露見してくる時には複雑になっているだけの話しだ。 大人がねじれた感覚を是正できないでいる限り、その「ねじれ」は子供に伝染する。 ・・・これは心のねじれに対する私の意見だ。
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by Hhisamoto | 2006-02-11 22:43 | ■えせ文化人(本、映画・・)

ミリオンダラー・ベイビー

金子ジムのOBで元日本バンタム級一位、仕事のかたわらオザキジムでトレーナーをしている田口さんから、教え子の試合があるとのことで声をかけてもらい、後楽園ホールにボクシング観戦に行った。

e0028123_19254836.jpg試合はすべて4回戦のみで、「フレッシュボーイ -未来のチャンプ-」と名づけられた興業だ。 今日がデビュー戦という選手も多く、お世辞にも上手い選手はいないが、皆それなりの真剣さを持ち合わせてリングに上がっている。 
前半の試合の途中に、特別エキシビジョン「女性ボクサースパーリング2R」 小川昌代vs高橋也実 というカードが入った。 近年、美容と健康目的以外の女性ボクサーがいることは聞いていたが、実際に見るのは初めてだった。 ゴングと共に2人とも軽快に動き始め、パンチをくりだした。 ボクシングの形ができているところからも、それなりの練習とスパーリングをこなしてきたことが覗えるが、この女性同士の「打ち合い」をどういう観点で見たらいいのか、私には分からなかった。 

以前の女子プロレスのように、キューティー鈴木がデビル雅美に痛めつけられる姿までいくと、見ている側としても分りやすい。 ヨコシマな気持ちが顔に出ないように気をつけながら楽しめばよい。 しかし、女性ボクサーの試合となると何を求めてよいのやら分からない。 アメリカでは興業として本当に成り立っているのだろうか、と疑問が起こる。 

昨年観た映画「ミリオンダラー・ベイビー」では、ファイトマネーが100万ドルという世界タイトル戦を夢見る31歳の女性ボクサー、マギー・フィッツジェラルド(ヒラリー・スワンク)と老トレーナー(クリント・イーストウッド)の姿が描かれていた。 

アカデミー賞の主要部門にノミネートされ、女性ボクサー役のヒラリー・スワンクは主演女優賞を、モーガン・フリーマンは助演男優賞、イーストウッドが監督賞を受賞していたが、この作品のすごさは、女性同士のボクシング以上に大きなテーマを内包していた点にある。

自分が生きている証を、ボクシングに強く純粋に求める貧しい田舎娘と、彼女を実の娘と重ね合わせ、愛情を込めて一人前のボクサーに育てることになる老トレーナーがいる。 そして、彼女が戦いに傷ついたあと、尊厳をもって命を終えることを引き受けるに到る後半のシーンは、映画の幕が引けても見た者の腰のあたりに重く残り、容易に席を立たせてはくれないものがあった。

常人離れした動きや迫力、洗練されたテクニックなど以外にも、「人の生きざま」が垣間見えるような試合をするのであれば、ボクサーが男だろうが女性だろうが、人は観に集まるのだろうか。
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by Hhisamoto | 2006-02-11 18:25 | ■おやじスポーツ

キーマカレーと最新インド事情

今日は、キッチンスタジオ「ペイズリー」でキーマカレーを習う日だ。

また、先生である料理研究家の香取薫さんは、8日間のインド旅行から帰国されたばかり。 きっとインドのお土産話しがふんだんに聞けるのでは、との期待通り、教室に入れば堰を切ったように話しを始めてくれた。

「5年前のインドとは雲泥の差・・」と、カレーの話しはさておき、インド経済の成長ぶりや国状の進展に対する驚きをまず語ってくれたところから、すでに私には興味深かった。 
六本木ヒルズのような建造物は経済の振興ぶりを一様に示してくれるが、それだけではなく、教育された従業員がお客の要望を察するかのように応接する様に驚いたそうだ。 表面的なものは想像できることだが、「人材が育つ」というようなソフト面までが、すでに高いレベルに結実されているのであれば、それは一朝一夕のことではない、ということだろう。
 
中国にマクドナルドができ始めた頃、現地の中国人従業員には、お客様に「いらっしゃいませ」と頭をさげることが、なかなかできなかったと聞く。 中国の人口が約13億と言われ、インドは約10億といわれているが、インドは中国のすぐ後ろにピタッと付いて、西欧諸国からのまともな風当りを避けながら、かつ学習効果の高い実例を参考に、要領よく歩んでいるのではないだろうか、と勝手な想像をしてしまう。 

例えば、現在の中国は世界の工場の役割を担っている部分がある。 私は化学物質のデータベースを扱う仕事をはじめて、プラスチックや合成樹脂に代表される「便利な物質」は、作り出される工程や廃棄の段階で、高い危険有害性を兼ね備えていることを具体的に知った。 中国のプラント建設とその稼働は驚くべきスピードで行われていて、それは廃棄設備の能力や自然回帰の速度を大きく上回っているような気がする。 すでに中国農村部にそのしわ寄せがきている話しを聞くと、NHKアーカイブスでやってる日本の高度成長期の水俣病の映像が頭をよぎる。

その点インドは、優秀で豊富なITエンジニアが、世界の頭脳工場として稼いでいる。
要領がいいなァ。 といった勝手な想像だ。

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このフランスのアルザスワインは、
スパイシーなインド料理に非常によく合う
と、キーマカレーをほおばる私に
香取先生は教えてくれた!
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by Hhisamoto | 2006-02-08 23:20 | ■B級グルメ

江原啓之と昌清様

「オーラの泉」という番組を、私の嫁さんは好んで見ているが、私はどうも江原啓之と美輪明宏が苦手で、テレビはほとんど見ていない。

e0028123_22481553.jpgさらに嫁さんは、江原啓之の「スピリチュアルメッセージ」なる本を図書館で借りては熱心に読んでいる。 嫁さんの話しによると、この本の著者は江原啓之となっているが、江原さんの指導霊である昌清(まさきよ)様というものが、江原さんにのり移り、しゃべったことを記録したものであるという。 この昌清様というのは、戦国時代の修験者だそうなので、「さようじゃ、わしは現世(うつしよ)のことは、よく分からんが・・・」という語り口になっているそうだ。 

これだけ聞いた「オーラの泉」嫌いの私は、ゲラゲラ笑って「それじゃ、戦国時代の分からない言葉だらけだろう」と、つまらない突っ込みを入れると、今使われていない言葉は現代用語に置き換えられているそうだ。  

さらに嫁さんは、いくつかを読んで聞かせてくれた。

「家の伝統や財産を守り抜こうとすることは、先祖を敬い、大切にする正しい愛ですか。 それとも、帰属への執着ゆえの行いでしょうか。」 との問いに対して、昌清様のお答えは、「まるまる物質的な価値観じゃ。 それ以外にない。 帰属する場に、なぜそこまで執着せねばならぬのか。 先に申したように、帰属意識を解き放っていくことが必要なのじゃ。 家の伝統、財産に固執するという行為は、逆に魂を、その帰属に封じ込めていってしまうことであろう。 となれば、それは誤りであるということ。 しかしうまくできたもので、そのような家には、必ずといっていいほど反逆児が生まれる。 それは、そこを打開せよという働きじゃ。 ・・・

全編こういった禅問答のような語り口だそうだ。

しかし、説明は非常に分かりやすく説かれていて興味深い。 なるほど「魂」というものをそのように理解すれば納得ができるなあ、という内容ばかりだ。 次元の違うところに存在する霊をこのように考えればよかったのか、と思わせてくれる。 そのように共感する読者もかなり多いらしく、すでに何巻もシリーズで出されているが、どれもよく売れているらしい。

そうであれば、江原さんは昌清様に印税収入の半分を払うべきだろうが、霊は受け取れない。 せめて、著者名を『江原啓之と昌清様』の共著にして、霊に礼を尽くすべきじゃ。
(こんなこと書いてバチがあたらないかなァ・・・)
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by Hhisamoto | 2006-02-04 22:52 | ■えせ文化人(本、映画・・)

COSTCOで買い物

町田市にあるホールセラーのコストコで買い物をするようになって2年目。 
ここは80年代アメリカの大量消費型ショッピングの姿が残っている不思議な空間だ。

e0028123_925552.jpg大型駐車場から、倉庫のような大型店内にメンバーズカードを提示して入り、大型ショッピングカートをころがして行く。 ここはすべてが規格外の「大型」だ。 このスケール感になじめない人は来ないし、ここにいる人たちは皆、このスケール感にハマッているのだろう。

ここには日本のスーパーにはない雰囲気がある。
フォークリフトを使って高く積まれた商品の山。 使いにくそうな欧米の家電商品やバカでかい家具。 サイズのわからない海外の衣料品、などなど・・。 見ているだけでも楽しい。 それをゆっくり楽しむ空間が用意されている。 日本の売り場によくある「せかされる」BGMやアナウンスは、ここには一切ない。

商品はすべて数個あるいは数十個単位でパッキングされており、ほとんどが千円以上の単位にまとめられている。 それを単価にバラすと、日本のスーパー価格より安い場合が多い。 消費者心理とは面白いもので、「総額でいくら」というより、単価に割り算した額で「安い!」と納得してしまう。 「だから買いました」という、自分の背中を押してくれる理屈になりえるようだ。 

商品が積まれた大型ショッピングカートをレジに通せば、たちまち万円単位の買い物となる。 それでも土曜・日曜は、早い時間に行かないと駐車場は満杯。 異様に広い倉庫のような店内は、人であふれかえっている。 

いったい何人で食うのだろう? と考えてしまうような大きなピザや肉のかたまり、お菓子の束といったものを、みんなが競うように買い込む。
日本は、そんなに大家族が多かっただろうか? 
核家族化が進んでいる、と社会科で教わってからずいぶんと時間が経ったせいだろうか、と考えさせられてしまう。  

「豊かでオメデタイ国ニッポン!」 「ごめんなさい、物資に事欠く状況にある国々」 と自分の気持ちを楽にするまじないを唱えながら、私が買いつけるものは、ダース売りのコントレックスやお酒。 ローストされた鶏肉を買い込んで家族でかぶりつく。 たのしいなァ。
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by Hhisamoto | 2006-02-04 07:53 | ■B級グルメ