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川上 弘美 『蛇を踏む』

e0028123_212224.jpg川上弘美さんといえば『真鶴』という話題の最新著書がある。 本の装丁も威容かつ立派で近寄りがたい。 神保町・東京堂書店で手にしてみたが、その純和風のいでたちには、斜め読みなどが許される気配もなく、やはり私にはまだ数年早い、と買わずに帰った。

先ごろ私が読んだ川上弘美さんの本といえば、氏が1996年に芥川賞を受賞した『蛇を踏む』という本だ。 こちらはすでに文庫本となって神保町の古本屋さんでも入手できる気安さがあった。 それでも内容は、奇妙な日常的幻想の世界があり、夢と現実の境目を探しながら読んでみたり、あきらめて文字をそのまま取り込むように読んでみたりと、ずいぶんと首をかしげた。

マンガでいえば、つげ義春の『ねじ式』や、水木 しげるの『墓場鬼太郎』 なども理屈を解するものではないが、妙に印象に残る。 その手の感覚で読めばいいのかなぁ、などと開き直ってみたり、この手の文学の高尚さにあまりなじんでいない私を悩ませてくれる。 最新刊の『真鶴』も、どうやらその延長にあるらしい。 「川上弘美が辿り着いた1つの境地である・・」などの書評を読んでしまうと、ますます臆してしまったのだ。
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by Hhisamoto | 2007-01-28 20:11 | ■えせ文化人(本、映画・・)

斉須政雄 『調理場という戦場』

e0028123_2133870.jpgこの本の中で、『料理人と仕事』(木澤武男著)という本には血液の言葉が詰まっている。 料理なんて俺には関係ないよ、と思う人が読んだとしても、きっと参考になるでしょう。 職業や時代を超えて当てはまる言葉がたくさんある。 と斉須政雄さんが紹介している。 しかし、その斉須さんが著した 『調理場という戦場』という本にも、まったく同じことが言えると思った。

23歳でフランスに身ひとつで渡り、一店目から12年かけて合計六店舗で働く。 その間には、厳しい労働環境の店もあったし、3ツ星レストランである「タイユバン」まである。 その12年間の体験談が、店ごとに順を追って語られているので、著者・斉須政雄さんの技量の向上や、心情の変化が理解しやすく、とてもおもしろい。 

もちろん斉須政雄という人柄があってのことだろうが、赤裸々で、仕事に対する執着心がにじみ出ている。 特に一店目の段階では、理屈抜きで乗り越えなければならない状況があり、とても興味深かった。 1時間も寝る時間を与えられずに働き通したり、早朝からオーナーと共に市場へ買付けに行くが、フランス語がしゃべれないゆえの無言の往復を繰り返したことなど。 そして、自らを「けっして行儀のいい人間ではなかった」というように、納得できない相手への攻撃的な態度なども、この世界で生き残るための渇望の表れだと思えた。

この斉須政雄さんは濃密な12年間をフランスで過ごしたのち日本へ戻り、1992年から東京三田で「コート・ドール」という店のオーナーシェフとなっているという。 そして「勝負はお客様と自分だけ。 それが、いちばんシビアで怖い勝負。 お店どうしの競争などではない。」と言い切る。 この人の料理を一度味わってみたくなった。
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by Hhisamoto | 2007-01-27 21:27 | ■えせ文化人(本、映画・・)

九段下 『カンチャナ』のチャイティー

お客さまから一本の電話。
私が書いた見積書に対して要望が告げられた。

今日は特に忙しかったが、会社のみんなが帰ったあと、さらに4時間半かけてこの見積書の数行を書き直した。 たった一つの項目に対してだったが、書いては打ち直し、また考え込んで打ち直した。 そんな推敲をなんども繰り返した。 考えて、さらに想定問答を反芻して考えていたら、お客さまがその先のお客様に説明する姿が頭に浮かんできた。 その場合に適した内容も盛り込んでまた書き直した。 

最終的に修正されたのは2行のみだったが、執拗に考え抜いた結論だ。 自信と満足感あり。 なぜここまでこだわる気になったのかは自分でもよく分からないが、少しの妥協もしたくなかった。 1億の仕事であろうと、数万円の仕事であろうと。 絶対に納得させてみせる。 気合をのせた1枚の見積書の提案にどんな反応があるか、明日がたのしみだ。

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e0028123_023412.jpgスリランカ風のカレーを食べさせてくれる「カンチャナ」というお店は、福島さんという気の良いおばちゃんが切り盛りしている。 地下鉄・九段下駅近くの日のあたらない細い路地にあり、一見すると立地条件が悪いようにも見えるが、人の導線があり、飲食商売には適した地の利があると私は思う。

私はここのチャイティーがけっこう気に入っている。 聞けばカルダモンのみで香りづけしているそうだ。 シナモンは強すぎるので入れていないという。 牛乳が多すぎないことは表面の膜が薄いことでもわかる。 この軽さもバランスがいい。 夜、酒を飲みたい気分がほとんどだったが、ここのチャイティーでていねいに一日を締めくくるのもいい、と思えるようになった。
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by Hhisamoto | 2007-01-25 22:00 | ■B級グルメ

築地 『虎杖(いたどり) 』のカレーうどん

e0028123_0542875.jpg虎杖を(いたどり)と読める人がどれだけいるだろか? 築地場外のもんぜき通りに出ている看板にさそわれて、薄暗い路地に入っていくとあるカレーうどんの店だ。

カウンターのみで質素なものばかり食わせる店だが、味はなかなかいけてる。 「小えび天ぷらカレーうどん」がお勧め商品らしいので、あえて豚肉カレーうどんをたのんでみた。 こくがあって美味しい。 カレーうどんから辛さをとり除いた味が意外性を出している。 そうだ、カレーうどんは辛くない方が食べやすくて美味しかったのかもしれない、と思わせてくれる。 

最近の築地界隈は、移転することが決まっているので、ほとんど観光地化している。 すしなども、美味しいものはなかなかの値段がついているし、最後のかき入れとばかりのすし屋の呼び込み姿などを目にすると、まもなく風景が変わってしまうのだという空気を感じる。 
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by Hhisamoto | 2007-01-23 11:25 | ■B級グルメ

内館牧子 「女はなぜ土俵にあがれないのか」

e0028123_20431650.jpg1981年、まだ国技館は蔵前にあった。
東洋無敵のバンタム級チャンピオンだった村田英次郎さんが、時の世界チャンピオン、ジェフ・チャンドラーと世界タイトルマッチを闘ったのがこの蔵前国技館だった。 その時来日したジェフ・チャンドラーには、ビッキーオニールという女性マネージャーが同行していた。 ボクシングにおける四角いリングも聖地といえるが、女性があがることに何の問題も提起されていない。 むしろ、ショーアップするためにラウンドガールがインターバルのたびにお尻をフリフリ周回することもある。 試合の前後にはセレモニーがあり、花束をかかえた振袖姿の女性があがることもある。 しかし、本来相撲のためにある国技館を借りてボクシングの試合を行う場合はそうはいかない。 張ったリングの下には土俵があった。 間接的にでも土俵上にあたるリングに女性はあがってはいけないという。 それが相撲のための国技館を他目的で利用する際の条件とされていた。 当時、ボクシングトレーナーの見習いのような存在だった私がこれを聞いた時は「相撲界っていうのは面白いタブーがあるんだなぁ」と軽く納得した記憶がある。 アメリカ人女性マネージャーのビッキーオニール氏も、関係者からその説明を受けて了承したという。 

私が「女はなぜ土俵にあがれないのか」という本のタイトルを目にした時、この1981年の蔵前国技館でのことが思い起こされて興味深く読ませてもらった。

著者の内館牧子さんがこの本を書いたモチベーションにはいくつかの要因があるようだが、私がつよく感じるのは、内館さんが自分自身の発言に対して責任をもっている点だ。 内館さんはかねがね「土俵は女人禁制」という相撲界の慣わしを解く必要はないと発言している。 その発言が、男女差別することなく土俵にあがらせろと迫る森山眞弓官房長官や太田房江大阪府知事などとぶつかっている。 男女同権やグローバリズムなどの順風を受けて、その論陣は強力だ。 対する大相撲界の理屈はというと説得力に欠ける粗野なものだ。 内館さんは、その代弁をするがごとく、また言葉を扱う専門家としての責務を果たすかのように立ち上がっている。 

内館さんは、50代後半を東北大学大学院に身を置いてこの研究に尽くした。 その行動は日本初の女性横綱審議委員を務める立場を厳粛に受け止めた立派なものだと感じる。 また、そんな理屈っぽい言い方をしないまでも、彼女の性格には、対峙する相手から決して目をそらしたりせず、正面から受け止める不器用で真摯なものがあるのだろうと思えた。

著書の結論付けとしては、大相撲1,350年の歴史をひも解いてみても、現代に通用する重みのある理論は見つけられなかったのだ。 しかし、理論ではなく聖域に結界を張ることを続けてきた相撲の伝統を守る行為そのものの意味を見出している。 

また、女性を蔑視してきた根本的な理由に「女性への畏怖の念」が多少なりとあるとしている点も興味深い。 つまり、女性に対する差別は、男性にはない女性の「産み出す能力」などが、男性からすれば恐怖や脅威と感じられるのだ。 それゆえに、男性は逆ギレ的発想で暴力的に男社会を形成してきたともいえる。 女性を封じ込めておかなければ男性の手には負えないことを直感していた、と考えれば面白い。 

結局、国技という概念も、また女人禁制の論理もあいまいだったし、大相撲の聖なる領域を守るための結界の定義や保守の方法も徹底されていなかったことを内館さんは知った。 それでも氏は、自身をはじめ大相撲を愛する各時代の人々が、女人禁制を含む形式や様式美を守っていることそのものが愛すべき対象であることに気づいた。 愛すべき価値のある習慣か否かが重要であって、現在は女性を不浄と考えているわけでもないし、まして男女同権の議論の対象ではないのだ。 

内館さん、もし理論で負けても、世の中の大多数が敵にまわっても、私は支持します!
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by Hhisamoto | 2007-01-19 20:43 | ■えせ文化人(本、映画・・)

おいしいバケット

「おいしい赤ワインとフランスパンだけを食べるんです。 ほかの物はナシ。 これがいま一番気に入っているスタイルです。」 と言ったのは、ちょくちょく仕事をお願いする通訳のユキエさんだ。 金のかかる食材や凝ったレシピなどを必要とせず、厳選した質素を味わう。 気の散るものをテーブルに置かずに、こころに余裕を持って優雅さを楽しむ。 そんな感性がとてもいい。

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e0028123_1265194.jpg私が選ぶフランスパン(「バタール」あるいは「バゲット」)は、以前は梅が丘LASAだったが、西国分寺に引っ越してからは、立川若葉ケヤキモールのムッシュイワン。 

梅が丘のLASAは、10年前は同じ地域の裏通りで一人か二人しか店に入れないような小さな建屋で商売をされていたが、当時から味は素晴らしかった。 地味な感じのご主人だったが、3年ほど前に梅が丘駅前に出店を果たし、店内も広々と明るくなり、種類も品数もずっと増えていた。 バケット類のほかにもクリームパンなどの菓子パンも好評のようだが、私が選ぶとすればここのベーコンエピだ。 ほかでは味わえない食感がある。

ベーカリーカフェムッシュイワンのバケットは、外側が焼き色通りのパリパリで中がふっくらモチモチ。 特に「フルートイワン」(¥190)というバケットは、フランス産小麦をベースにライ麦粉配合して「ポーリッシュ法」という焼き方をしているそうだ。 素朴にして最高!
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by Hhisamoto | 2007-01-14 19:27 | ■B級グルメ

三鷹ジブリの森

e0028123_2212015.jpg友人家族と共に行った『三鷹ジブリの森』。 
おもしろかった点が2つ。

土星座という小映画館があるが、そこで上演されていた『やどさがし』という短編映画は、セリフがほとんどなく、すべての音声(音楽・効果音・セリフ)を人の声だけで表現している。 また、場面に沿ったものの動きや様子・音をあらわす文字が画面に現れるという珍しい作品。 その声の出演が、タモリと矢野顕子だった。 子どもたちも喜んでいた。

もう一つ、館内では自分の子どもの撮影を禁じていること。 最近、親は何かと子どもをビデオに収めることに夢中になるが、子どもと共に遊ぶことに夢中になるべき。 そしてカメラではなく自分の目に収めよ、というメッセージには納得。 私の娘がお世話になったシュタイナー幼稚園『星の子』も同様にビデオやカメラ撮影をいましめていた。
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by Hhisamoto | 2007-01-08 23:18 | My room

ダイヤモンドシティ・ミュー

e0028123_21582590.jpg武蔵村山のダイヤモンドシティ・ミューに行った。 

国分寺市から車で40分ほどの郊外にある「ダイヤモンドシティ・ミュー」という名前のついたショッピングセンター(SC)に行ったが、その大きさと設備に驚かされた。 もともと日産自動車の工場跡地らしいが、ジャスコ、三越、専門店、レストラン街、映画館などが、3階建ての総合ショッピングモールとして150店舗くらいは出店していると思われるし、4,000台以上の無料駐車場があるという。 おそらく都内でもトップクラスの規模だろう。

設備もすばらしく、トイレも身障者用はもちろんのこと、手を洗うエリアの工夫、子ども用トイレまであり、清潔で行き届いている。 聞けば、イオンが大株主で運営するダイヤモンドシティという会社が、このような都市近郊・郊外型の大規模モール型ショッピングセンターを日本の都市部を中心にいくつも作り始めているという。 

今から20年前、アメリカ西海岸の総合ショッピングモール「サウスコースト・プラザ」をはじめて見たとき、こんな買い物文化はアメリカ特有のものだろうな、と驚いたが、日本も追従しているかのように見える。 ホールセールのCOSTCOもそうだが、日本は政治や経済に関してはすでに十分過ぎるほどアメリカ寄りだが、生活・文化面もまだまだアメリカナイズされる余地があり、現在も進行中だと思うと、これまた驚きだ。 

朝まで生テレビで田原さんが、「世界で独立して成り立つ国はアメリカと中国しかない。それ以外の国は何らかの依存関係をもって成り立っている」といっていたが、ともすると日本の個性や文化などが、ほんとうに小さいものに思えてしまう。
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by Hhisamoto | 2007-01-06 21:53 | My room

ボクシング 2007年

e0028123_22521643.jpg今日、WBCスーパーフライ級タイトルマッチがあった。 同級2位の川嶋勝重 対 同級王者のクリスチャン・ミハレス(メキシコ)との戦いだったが、十回1分5秒TKOでミハレスが勝った。 両者とも果敢で、クリンチの少ない良い試合だったと思う。

気になったのは、解説者の質の低さ。 内容がなく大声でさわぐだけでうるさい。 素人と同じレベルで叫ぶことで共感を得ようとでもいうのか。 今どきのサッカー中継ですら「ゴール」を連呼することは少ないというのに、なさけない。 それと、無能をさらけ出す番組企画。 メキシコ対日本チームを想定して、5試合の総合ポイントで勝ち負けを競う形式をとっていた。 タイトルマッチに敗れてうなだれる川嶋を横目に、日本チームの勝ちが宣言されていた。 NHK紅白歌合戦で勝ち負けにこだわる視聴者がいるとでも思っているのだろうか。

ボクシングには、格闘技の原点があると思う。 コブシ一つでどこまでできるのか、痛みや大きな代償と引き換えに得られるものを探し求めている人間が闘っている。 その様子は、地味であっても時に見る者の想像を超えるシーンに出会ったり、心にのこる試合があったりする。 はやりの総合格闘技に触発される必要などまったくない「王道」をもっているはずだ。 流行の格闘技は「王道」をもっていないから演出に必死になる。 ボクシングは質実に格闘技の原点を行けばいいのだ、というのが私の持論です。

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元旦の新聞にTV歴代高視聴率ベスト50が出ていた。
その中にボクシング中継がいくつも入っていた。 その他のスポーツ番組では、オリンピックやプロレスのデストロイヤー戦、最近のサッカーワールドカップくらいのものだ。 このことは、当時ボクシングが堂々たるメジャースポーツだったことを教えてくれる。

 5位 66年5月31日 63.7%
    世界バンタム級タイトルマッチ ファイティング原田 VS エデル・ジョフレ 

 8位 65年11月30日 60.4%
    世界バンタム級タイトルマッチ ファイティング原田 VS アラン・ラドキン 
     
 12位 67年7月4日 57.0%
     世界バンタム級タイトルマッチ ファイティング原田 VS ベルナルド・カラバロ
     
 21位 65年5月18日 54.9%
     世界バンタム級タイトルマッチ ファイティング原田 VS エデル・ジョフレ
     
 22位 67年1月3日 53.9%
     世界バンタム級タイトルマッチ ファイティング原田 VS ジョー・メデル 

 24位 68年2月27日 53.4%
     世界バンタム級タイトルマッチ ファイティング原田 VS ローズ 

 37位 66年3月1日 50.7%
     世界フライ級王座決定戦 ホラシオ・アカバロ VS 高山勝義 


私のまわりにも、ボクシングジムで後進の育成にあたる先輩・後輩が多くなっている。
そんな方々に心からエールを送りたいし、ホンモノを目指してもらいたい。
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by Hhisamoto | 2007-01-03 22:30 | ■おやじスポーツ

開高健 『新しい天体』

1960年代、新聞記者として自ら戦時下のベトナムへ赴いただけでなく、最前線に従軍することを希望。 その最前線では反政府ゲリラの猛攻に遭遇し、200名の部隊は完全に壊滅した。 生き残ったのは17名だけだったが、開高健は奇跡的にその中にいたという。

その話しを知って以来、私の中で開高健は、芥川賞作家というより、『オーパ、オーパ!』のような野性的なノンフィクション作家としてのイメージが圧倒的に強い。 


e0028123_17544432.jpgその開高健が、食について書いたもののひとつがこの『新しい天体』。

簡単に言うと、日本中の美味いものを北から南まで、食べて食べて食べまくり、その紀行を小説にしただけ。 また、主人公は「相対的景気調査官」というふざけた任務をおおせつかり、大蔵省の余った予算を何とか消費するために日夜食いまくる、という設定。 しかも、この連載が週刊誌で始まった際には、巻末の解説にあるように、開高健は主人公同様に「週間言論」の取材費を確保して、日夜食いまくっていたという。 なんとも奔放なことが許された人だったんだなあ、と妙な感心をしてしまう。

しかし、目を引くフレーズがいくつも登場する。 例えば、本当に美味しいもの、真の名作は宣伝ぬきでひろがっていくものであり、いわば沈黙の世界の雄弁であると称し、岡山・初平の白桃を語っている。 「桃ハ何モ言ワナイケレド、ミンナガ食ベタイノデ、枝ノ下ニ自然ト道ガデキテシマウ」と、漢詩をもじっている。 最近は流行をとらえた雑誌が多くなり、ちょっとしたマイナーな店や小さな店でも特徴があれば取り上げられるので、情報が氾濫し、目立つ「隠れ家」があったりと、逆に本当に美味しいお店が見つけにくい。 けれども、内容のある店が、宣伝や立地条件に恵まれなくても客を引きつけてお得意さんが増える成り立ちが本来だと思う。 

それから、小噺(ハナシ)のことが面白い。
モンマルトルのカフェで夜ふけに酒を飲んでいたら、革ジャンを着た筋骨隆々の男が入ってきた。 そいつがテーブルにあったレモンを一個つかんで、満身の力で握りしめた。 レモンはザァーとジュースを絞られてたちまちカラカラになった。 若者に何の仕事をしているのかを聞くと、じつは中央市場の労働者で、ときどきジムにいってきたえているんだという。 そこへ、それを見ていたのかどうか、しょぼくれて髪の薄いおっさんがやってきた。 「ちょっと失礼」といって、いま絞ったばかりのレモンをとりあげ、そのおっさんがかるく指先でひねると、またザァーとジュースがこぼれ、こんどこそ一滴も残らずカラカラになった。 若者とおれがびっくりして異口同音に「おっさん、何の仕事してる人」とたずねた。 するとおっさんは、はにかんだように「いえナニ、私ちょっと税務署で働いてますんで」と答えた。

開高健は、外国を旅行するときには、ドルのほかに、この種のちょっとしたハナシを、国際政治に関するもの、恐妻病に関するものを合わせて三つ、多少酔っていてもなんとか間違わずにしゃべれるように英語とフランス語に訳して覚えこんであるという。 おかげで漫遊のときには、あちこちのテーブルで歓迎され、酒を一杯よけいに飲むことができたそうだ。

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今までは与えられてきたが、私が人に何を与えられるのかを考える年にしたい。
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by Hhisamoto | 2007-01-01 17:13 | ■B級グルメ