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レイモンド・チャンドラー 『長いお別れ』

e0028123_2343589.jpg人は強くなければ生きていけない。 やさしくなければ、生きていく資格はない。 (If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.)

ハードボイルドの王道、レイモンド・チャンドラーの名セリフに心を奪われて何冊か読んできたが、まだこのフレーズに出会っていない。 しかし、社会のルールからは外れても、自分のこころの言葉に忠実に従う主人公の探偵フィリップ・マーロウには出会った。

生きていくためのルールは、自分で決めるのだ。 他人の価値観に左右されることなど、あるはずがない。 たとえ社会の価値観と違っていても。
損得の基準も、自分のこころが満たされるか否かなのだ!
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by Hhisamoto | 2007-02-28 22:48 | ■えせ文化人(本、映画・・)

有森裕子のラストラン

e0028123_14142996.jpg今日、第1回東京マラソンが市民マラソンとして開催された。
男子は世界陸上の代表選手選考会を兼ねるとあって、日本のトップランナーが集まったが、それ以外は、銀座を中心とした東京の都心を市民マラソンに開放したことが注目され、石原都知事も得意満面でテレビに映っていた。

そんな中、私の注目は有森裕子の存在だった。 この人にはなんども感動させてもらった記憶がある。 1996年アトランタオリンピックで、ファツマ・ロバ、エゴロワに続いて銅メダルを獲得した時、私は結婚してまもない頃で、小さな賃貸マンションの一室で嫁さんとテレビを見ていた。 その年の流行語大賞になった「自分をほめてあげたい・・」の言葉に、深く刻み込まれた努力の積み重ねを感じた。 

思えば有森裕子も小出義雄監督の門下生だ。 しかし、有森は学生時代は無名の選手。 小出監督がいた当時のリクルートへ押しかけて強引に編入した形になっている。 その後、大阪国際女子マラソンで日本記録を出すなどして注目されるが、当時は強いライバル選手も多かった。 特に松野明美とは1992年バルセロナ五輪女子マラソンの座をめぐって争そった。 最終的に日本陸連が出した結論は、記録で上回った松野明美ではなく、有森裕子の選出だった。 この陸連の裁定は、小さな体で頑張る松野の姿を引き合いに、非難の対象となった。 

しかし有森は、その非難を払拭し、陸連の裁定が正しかったことを証明するかのように、バルセロナ五輪本番のレースで、終盤エゴロワと激しいデッドヒートを繰りひろげ、惜しくも優勝はならなかったものの2位でゴールし、銀メダルを獲得する。 当時の女子マラソンでは、華奢な体つきの日本人選手がメダルを獲るイメージがなかったのでとにかく驚いた。

その後、1996年アトランタオリンピックまでが、この人の苦悩のピークだったようだ。 足の手術もしたし、リクルートのチームメートや小出監督ともうまくいかない日々だったらしい。 ところが、長いブランクのあと、五輪選考レースだった北海道マラソンを大会新記録で優勝。 奇跡的な復活とアトランタ出場を決めた。 このあたりが有森裕子のすごさと強さだと思う。

今日の東京マラソンでは、伴走者に囲まれて沿道の声援にこたえながら走る姿が、オリンピックでの当時の姿を思い出させた。 この人の存在が、今の高橋尚子や野口みずきにつながっている。 間違いなくこの世界のパイオニアだと思う。 ゲイ歴のあるガブとの結婚など、恰好のゴシップネタをマスコミに与えてしまい、この辺の苦労もあっただろう。

この人からは、しぶとくつよい生きザマを見せてもらっている。
今日の結果は、2時間52分45秒で5位だったそうだ。
沿道から声援をおくりたかった。
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by Hhisamoto | 2007-02-18 12:03 | ■おやじスポーツ

室伏が来た!

e0028123_21484342.jpgハンマー投げのゴールドメダリスト・室伏広治選手が、私の子どもたちの通う国分寺第五小学校に講演に来た。

PTAが主催し、その招聘に快く応じてくれたのだそうだ。 講演のタイトルも講堂に貼られていたが記憶に薄い。 未来を対して何とか・・、といったどこにでも使えそうな教育的な題目だったように思う。 しかしこの人の場合、題目は何でもよく、「室伏来たる!」につきてしまうパーソナリティをもった人だった。 子どもたちは、話しや質問の応答より、腕の筋肉をみせてもらってはしゃぎ、腕にぶら下がったり、持ち上げてもらったりして大喜びしていた。

話しの内容についても、朴とつで飾りのない言葉で語られていた。
壇上に上がったからといって、身構えながら話す言葉がこの人にはない。
ふと思ったのは、もしかすると我々は、感動的なフレーズだとか、生き方を示唆するような言葉が聞けることを多少なりと期待していたのではないか、ということ。 TVなどのマスコミを通した受取りやすい言葉にならされてしまっているとすれば怖いことだ。

室伏広治が壇上でいきなりはじめた『空気をつかったトレーニング』の紹介などは、「気」の使い方のような極まったものがあるのだろう。 それを理屈っぽく説明することなく、この人はただ淡々とやってみせた。 いろいろな質問に対する応答も、なんら凝った回答ではない。 壁に投げたボールが戻ってくるような、飾り気のない答えだった。 しかし、堂々としていた。 

練習風景のビデオもあった。 屋内での独自に考えたバランストレーニング。 屋外練習場ではハンマーを投げて、それを自分で拾いに行く。 最後には穴を砂で埋める。 ハンマーや靴を洗う。 これらすべてが自分のハンマー投げ。 決して投げている一瞬だけではない、という。 もの事の前後を含めて緊張感を持ち続け、大切にする。 あたり前のように。
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by Hhisamoto | 2007-02-10 21:47 | ■おやじスポーツ

小野 員裕 『カレー放浪記』

e0028123_21211186.jpgこの方が以前に著した『東京カレー食べつくしガイド104/380店』という本も読んだことがあり、私はその中で紹介されている主だったカレー店には、すべからく足をはこんだ。 著者は、インドカレー、欧風カレー、洋食カレーといったジャンルを超えて、カレーに愛着をもって接し、自らの舌で感じるままに書いている。 また、カレーとそのカレーを汗してつくる料理人に対しても、食べる側の立場で偉そうな批評などはなく、素朴で好感がもてる。

カレーのジャンルから思いあたることは、店を構えている方は当然自分の勝負する土俵を決めているから、何々カレーというジャンルをはっきりと持っている。 ところが、この著者の小野さんのように、フードライターであり、ご要望とあれば出張カレーケータリングを開くという身軽な方にとっては、「旨いカレー」というしるべ以外には何もないので、インドっぽい自由で開放的な雰囲気が感じられておもしろい。 そして、紹介されているお店にピンとくるものがあれば、訪問して自分の感性と舌を試すという二重の楽しみがある。

e0028123_2245587.jpgたとえば、紹介されているお店の一つ『BAROSSA』という東池袋のレストランに行った。 本にある通りで、ここはカレーもメニューのひとつであるが、となりのOLが食べていたラザニア風のパスタも美味しそうだったし、豊富に並んでいるオーストラリアワインにも惹かれるものがあった。 そして、鍋でぐつぐつ状態で出されるカレーのめずらしい美味しさには強いインパクトを覚えた。 ほのかな甘みと強い辛さは、もーこれしかないという絶妙なバランスで成り立っている。 印象に残る旨さだ。 

それから興味深かった点はインドカレーについての言及だ。 インド料理は肉や魚のイノシン酸やグルタミン酸などの旨味を追求しない傾向があるというのだ。 私は『旨味』というやつは、その名のとおり「旨い!」といわせるために、どうにも不可欠な要素のような気がしてならない。 この旨味にとって代わる味の要素があるのならぜひ知りたい。 あるような気もするのだ。
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by Hhisamoto | 2007-02-07 21:19 | ■えせ文化人(本、映画・・)