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『ポークカレー2007』 by フクイのカレー

e0028123_13142949.jpg「春に新作を出すので、楽しみにしていてください」と言われてから、待つこと3ヶ月になろうとしていた。 ようやく届いた新作は『ポークカレー』と『ドライカレー』。 奇抜なメニューでもなんでもなかった。

フクイのカレーには、すでに『ポークカレー辛口』というメニューがある。 それにもかかわらず時間をかけて新たなポークカレーを考案し、新作としてリリースするあたりに、味を追求し、工夫を惜しまない「フクイのカレー」らしさが感じられる。 言ってみれば、『ポークカレー2007』といったところなのだろう。

食してみると「長時間煮込んでいます」との説明通り、ポークなどの具材はルーとしてかなりとけ込んでいる。 従来の『ポークカレー辛口』と異なるのは、(香ばしいスパイスが最後まで感じられる)スパイスの使い方のような気がした。 しかもスパイスに負けない、しっかりとした味付けがあり、「カレーライスとして美味しくゴハンをたべてもらいたい」という思いが伝わってくるカレーらしいカレーだと思った。


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  注:「フクイのカレー」とは
  愛知県豊橋のカレーシェフ・福井英史氏が作る至極のカレー。 
  現在、電話による通販でしか入手することができません。

  (紹介されているサイト

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 ソースカレー  400g×2袋 (4人分) ¥1,155
 ハヤシソース 400g×2袋 (4人分) ¥1,155
 黒ゴマカレー 400g×2袋 (4人分) ¥1,155
 ポークカレー辛口 400g×2袋 (4人分) ¥1,155

 【新作セット】 ¥1,575
   ドライカレー  400g×1袋
   ポークカレー  400g×1袋
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by Hhisamoto | 2007-04-30 13:09 | ●『フクイのカレー』

映画 『ギルバート・グレイプ』

e0028123_152296.jpg当時19歳のレオナルド・ディカプリオが知的障害をもつ弟役で出演していることや、ジョニー・デップが若き主人公を演じていることから、彼らが有名になった後、再び発掘されるように名前が世に出た作品らしい。 ところが皮肉なことに、彼らが有名になろうが無名のままでいようが関係なく、この平凡で心温まるヒューマンストーリーが大好きという人が多いと聞く。

私もそんな知合いから教えていただいて、この1993年製作の作品を観るに至った。
人口千人ほどの田舎町、アイオワ州エンドーラ。 24歳のギルバート・グレイプ(ジョニー・デップ)は、大型スーパーの進出ではやらなくなった食料品店に勤めている。 日々の生活は退屈なものだったが、彼には町を離れられない理由があった。 知的障害を持つ弟アーニー(レオナルド・ディカプリオ)は彼が身の回りの世話を焼き、常に監視していないとすぐに町の給水塔に登るなどの大騒ぎを起こすやんちゃ坊主。 母のボニー(ダーレーン・ケイツ)は夫が17年前に突然、首吊り自殺を遂げて以来、外出もせず一日中食べ続けたあげく、鯨のように太ってしまった。 ギルバートはそんな彼らの面倒を、姉のエイミー(ローラ・ハリントン)、妹のエレン(メリー・ケイト・シェルバート)とともに見なければなれなかった。(goo映画より)

こういった田舎町を舞台にしたアメリカ人の平凡な生活感は、東のニューヨーク、西のロサンゼルスにしか目が向いていなかった若い頃の私には理解がなかった。 

しかし、私が滞在時に見たアメリカの原風景には存在した。 なぜ、週に一度のポーカーゲームの集いがあるのか。 移動式のサーカスや遊園地、町の高校の体育館で行われるボクシングやプロレスの興業に、なぜ町の人々があつまるのか。 東西を除くアメリカ中央の広大な土地で、平凡に、潔く、保守的に生活する人々のいかに多いことかを知って愕然としたことがある。 こういった人たちの生活感は、人間の生き方そのものが写し出されるようで、奥深く、リアリティを持っていると感じた。

e0028123_18211054.jpgつきなみだが、映画としての話題点も多い。
当時19歳のディカプリオが演じる知的障害児役は圧巻。 並みの演技力でないことは誰の目にもわかる。 主人公ギルバート・グレイプの心に入り込むベッキー役のジュリエット・ルイスも不思議な魅力をふりまいている。 元カレだったブラッドピットもそのへんの魅力におちていたのかもしれない。 スウェーデン出身のラッセ・ハルストレム監督も 『ショコラ』、『サイダーハウス・ルール』など、ちょっと風変わりな映画を作る実力派だと思う。 

ちなみに、私が気に入ったシーンの一つは、ジョニー・デップ演じる主人公ギルバート・グレイプに、性の手ほどきをする保険代理店の社長婦人。 夫を突然の心臓麻痺で亡くし、未亡人として町を出ることになるが、その際にギルバートが働くストアに立ち寄る。 幼い二人の息子を持つ未亡人は、「息子たちも、あなたのような青年に育ってほしいと思っている」と告げるシーンだ。 人間の価値は、花のようにどんなところにも咲くということか。
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by Hhisamoto | 2007-04-29 01:50 | ■えせ文化人(本、映画・・)

城山三郎訳 『ビジネスマンの父より息子への30通の手紙』

e0028123_23563354.jpg3月22日に亡くなられた城山三郎さんといえば、経済界を舞台にした小説。 特に実在の人物をモデルにした小説や歴史小説が有名だったが、城山さんが英語で書かれた本の翻訳をしているのに気づいた。 それがこの 『ビジネスマンの父より息子への30通の手紙』。 キングスレイ・ウォードというカナダ人実業家によって書かれたこの著名なこの本は知っていたが、城山さんが訳していることを私は知らなかったので、この機会に再読してみた。 

この本は、実業界で成功したビジネスマンの父が、後を継ぐことになる息子に向けてのアドバイスが、題名通りの30通の手紙形式で書かれている。 息子が大学に進学することに対することから始まり、息子を後任として自らは引退するまでの長い時間の中で綴られた30通の手紙文だ。

生真面目に読み進めていくと、カーネギーのような一昔前のビジネス啓蒙書のにおいがして、あまり面白いとは言い切れない部分もある。 しかし、最終章でもある30通目などは含蓄が深く興味深かった。 人は引き際の努め方がいかに大切であり、難しいものかが伺い知れる内容だ。 また、最後のページには、紀元50-120年頃の哲人エピクテートスの、次の言葉を引用して、人としての生き方を伝えている。

 「宴席で作法を守るように、人生の作法を守ることを忘れてはならない。 ご馳走がまわってきて、自分のまえに来たら、手を伸ばして、礼儀正しく一人分を取る。 次にまわっていくのをとどこおらせることのないように。 まだまわってこないうちから欲しそうにしないで、自分のまえに来るまで待つように。 子供についても、妻についても、地位についても、富についても同じことである。」

実際には、身近にいる息子を前にして手紙を渡していたとは思えないので、倉本聡が、『前略、おふくろ様』、『拝啓、父上様』としたように、日記や回想録をまとめたものかもしれない。
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by Hhisamoto | 2007-04-28 23:56 | ■えせ文化人(本、映画・・)

神楽坂 『宮した』

e0028123_203540100.jpgTVドラマ「前略、父上様!」で話題になったせいか、金曜夜の神楽坂は人でいっぱいだった。 アメリカ駐在時からの知合いの金子夫妻、私の自宅の設計をしてもらった中田氏と共に神楽坂『宮した』で和食会席としゃれこむ。

飯田橋駅から、毘沙門天を横目に神楽坂通りを少し上がったところにある『宮した』は、客が14・5名も入れば席が埋ろうかという広さしかないお店だが、料理はすべておいしく、行き届いているといった感じ。 例えば、あの刺身のうまさなどは、新鮮なネタを厳選していることを容易に想像させる。 お吸い物に桜の花びらが溶け込むようにあしらわれているところなどには、和食の繊細さを十分に感じさせてくれる。

小さくても(失礼)このようにしっかりした店が数多くあるのかなぁと思うと、いまさらながら東京というところは密度が濃い都市であることを感じてしまう。

この歳になると、学生時代からの友人でなくても10年以上の付き合いという関係がある。 この日のメンバーはまさにそんな貴重な仲間。 お互いの独身時代も知っていて、所帯を持ったり、仕事場を変えたりとそれなりの変遷を経験してきた時間も同じように過ごしてきた。 アメリカのころの話しになれば、お互いの失敗談も今は楽しい。
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by Hhisamoto | 2007-04-22 21:09 | ■B級グルメ

まぼろしの松下奈緒ちゃん

e0028123_2126676.jpg携帯が鳴り、「母が自転車でころんで顔面に傷を負い入院した」との知らせを聞いたのは、日本フィルハーモニー交響楽団によるサンデーコンサートの演奏が始まる直前の池袋芸術劇場だった。 しかもこの日は、松下奈緒のピアノ共演があるというおまけ付き。(私は奈緒ちゃんが目当てだった) なんとも残念な思いを胸に収めて、私が病院へ向かうことになった。

救急車で母が運ばれたのは、世田谷の三宿病院。 すでにレントゲンからMRI、脳のCTまで手が施され、数日の入院と、明日以降に耳鼻科の診療を受ける手はずまで話しができていた。 また、日曜にもかかわらず、ちょくちょく顔を見せる看護婦の応対にも優しさを感じた。 弟といっしょに医師の説明を受けることを希望すると、担当医は懇切丁寧にという言葉がぴったりくるような説明をしてくださった。 

病院の良し悪しを言うつもりはないが、このように安心できる病院にめぐり合えばありがたい。 というのは、身近に聞く話しは必ずしもそうではないからだ。 知合いには、入院先で虐待に近い扱いをうける年老いた母の身を案じている方がいる。 若干の痴呆もあるため、明確に伝えることもできず、病院側には真剣にとり合ってもらえないという。

結局、私の母はこの三宿病院が気に入って、通いなれた大学病院への転院の薦めをあっさりと断り、手術も受け、元気に退院した。 あとに残ったのは私の松下奈緒ちゃんへの残念な想いだけ。 彼女のブログを開くと、「4月1日芸術劇場でのコンサートへお越しいただいた方、ありがとうございましたm(__)m。 無事に終えることができてホッとしています。・・・」とあった。
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by Hhisamoto | 2007-04-21 21:08 | ■えせ文化人(本、映画・・)

『マイ・ストーリー』 山本容子

e0028123_1128184.jpg刺激に満ちた彼女の生きザマが豊潤な大人のユーモアをたずさえて描かれている。

常に自分をみがく前傾姿勢。 あくなき探究心は動物的だ。 情熱的に生きたメキシコの女流画家フリーダ・カーロとディエゴ・リベラを引き合いに、私の要求を満たすためにはたくさんのボーイフレンドが必要だったと語る。

高いセンスを感じるユーモアはそこかしこ表現されている。
「長い長いあとがき」と称して今の自分を書き、たどり着いたかに思えた伴侶との離別をも告白している。 このあたり、読む者に対しても最後まで刺激を与えてくれる。 

子どもが読んでいた「赤毛のアン」全10巻に、すばらしい銅版画の挿絵がほどこされているのは私も見たことがあった。 こういったポピュラリティな活動については、芸術家の世界では反感の声も多かったそうだ。 カバーをかざる表情豊かな写真から分かるように、この人はただの美人ではなく、人を引きつけてやまない魅惑と感性をたたえた美女だ。 こういう人は歳がいっても品性と魅力は衰えないと思う。 また、男はこういう女性にまちがいなく弱い。

死して名を残した芸術家ではなく、現代に生きる芸術家とはこういうものかと考えてもおもしろい。 例えば、現代の美術家に対する言及が興味深い。 ミケランジェロ、ラファエロ、ピカソなどのように、政治的な戦略、プロデューサー的なセンスも必要で、美術家で生き残っているのは、いわいるやり手がほとんどだという。

前向きに生きる情熱とラジカルが混在する山本容子の半生。 私は、自分の娘がいくつになったらこの本を読むべきかと考えこんでしまう。
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by Hhisamoto | 2007-04-07 11:24 | ■えせ文化人(本、映画・・)

後楽園ホールにて

e0028123_044216.jpg第64回東日本新人王予選が後楽園ホールであった。 たまに私が汗を流しに行くオザキジムの佐々木秀和選手も5試合目に試合があるので、仕事を早々に切り上げて見に行く。 

ドリームジムの新井という選手との対戦だったが、佐々木は身体が前のめりになって前進してくる新井の癖をついて、アッパーカットをびしびしと打ち込み、大差の判定勝ち。 (よかった、よかった!)

4回戦の新人王戦というのが、新人ボクサーにとってはひとつの登竜門となっていて、東日本・西日本の新人王がさらに全日本新人王の座を競う。 全日本新人王になれば日本ランキング入りが見えてくる。 だからこの新人王戦のトーナメントにはみんな力が入るが、選手たちは生き残りをかけて、テクニックよりもどつきあいに耐えていくといった感じだ。 こまかいテクニックが勝敗を左右するのは6回戦以降といってもいい。 そんな4回戦ばかりが13試合も行われた今日の新人王予選だったが、素朴なこの雰囲気はボクシング本来のにおいがして好きだ。 
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by Hhisamoto | 2007-04-02 22:03 | ■おやじスポーツ