サウスポーの謎 【前編】

7歳になる私の2番目の娘は「左利き」だ。 同じように生まれ、同じような環境で、同じように育った3人の娘の中で、一人だけ左利きだ。

e0028123_17243553.jpgだまっていると箸を左手で使いはじめるので、最初のころは右手を使うように促すと、意識してもどかしげに右に持ち替えたりしていた。 しかし、子供どうしで夢中になって遊んでいる時、やにわにボールをつかんで投げるのは必ず「左手」だ。 教えてもいないのに、ころがってきたサッカーボールをけり出したのも「左足」だった。

なぜ、教える前から「右利き」「左利き」があるのか?
生まれてきた時点では、白紙ではないのか?


嫁さんの母いわく、「左利きは生活していく上で、利点が何もなく、不自由なだけ。」 歯列矯正と同じく、親の努めとして直してあげるべき、とかなり強く意見された。 これは、「持って生まれた個性であるなら、無理に直す必要はないのではないか」、と安直だった私を考え込ませた。

私は右利きだが、左利きの立場を想像するに、たしかにプラスになる点は見当たらない。 実利的な面だけでなく、格好がいいものでもない。 タバコを吸う人になら、メリット・デメリットを突きつけて「さぁどうする!」と言えるが、右・左の問題はそんな程度の話しではなく、案外と深いことに気づかされた。

左利きに限らずだが、「社会的に不利な状況」というものはあると思う。
人間社会には、「差別」というものがつきまとうが、「いわれのない差別」と言われてきたものもある。 大げさかもしれないが、左利きであることによって、右利き社会の人間より、常に数%づつの労力を要することになるのであれば、利点のない少数派にまわることを避けるべきなのである。
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by Hhisamoto | 2006-05-10 16:50 | My room
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